魔王、猫になる。 第8話 魔王、チクっとする。

 我輩は魔王である。名はトラ吉。

 昨日、我輩はひどい目にあったのだ。

 まさに、この世の終わりかと思ったぞ。

 またあの「じどうしゃ」という魔法の荷馬車に乗せられたのだ。

 相変わらずこの「じどうしゃ」とやらは慣れんのだ。

 荷馬車とは言うても、そのスピードは我輩の知るそれとは比べ物にならんのだ。

 しかも、窓の外には別の「じどうしゃ」が無数に走っておる。

 本来であれば、外出するときは別の転生者に見つからないよう隠密な行動が必須である。

 だが、どうしても「じどうしゃ」とやらは我慢ならんのだ。

 肉球には大量の汗を掻き、我を忘れて叫んでしまうのだ。

 なんとも腹立たしかったのは、我輩達に隣に止まった「じどうしゃ」に乗る親子の顔よ。

 その親子は我輩を指差して笑っておったのだ!

 何たる無礼か!

 我輩が元の姿に戻った暁には、その愚行を後悔させてくれようぞ。

 その「じどうしゃ」に揺られながらなんとか到着したのが「どうぶつびょういん」という恐ろしい場所である。

 第4話にある通り、我輩が今の主人と出会った場所でもあるのが、ここはまさかの拷問部屋だったのだ。

 当時も何か怪しい空気は感じ取っておったが、やはり危険な場所だったのだ。

 ちなみに我輩は、旅の商人が背中に背負うような大きな蓋つきのカゴに入れられておる。

 網目状の壁から外をうかがい知ることができるのだ。

 ん? どこからか戻ってきた輩が主人①の隣に座ったの。

 この種族は犬という種族だったかの。

「可愛いワンちゃんですね〜。」

 主人①よ、気軽に他人に話しかけるでない。

 我輩が魔王であることが知れたらどうする。

「いや〜、この子、注射がものすごく嫌いでねぇ」

 む? 「ちゅうしゃ」とは何のことであろうか?

 犬は己が主人の膝の上でぶるぶると情けなく震えておる。

 どうやら魂に刻まれるほどの恐怖を味わったようだ。

 そこから推測するに「ちゅうしゃ」とは拷問の類に違いない。

 しかし、何の目的で拷問しているのだ?

 まさか!

「トラ吉ちゃ〜ん、どうぞ〜。」

 むむ! 何者かが奥の部屋から我輩の名を呼んでおる。

 これは魔王の勘というやつだが、その部屋には絶対に入ってはいけない気がしたのだ。

 案の定、その勘は当たっておった。

 その部屋に連れて行かれると、我輩はカゴから出された。

 そして、すぐさまある金属製の台に乗せられたのだ。

 こ、これは人間の資料で見たことがあるぞ!

 確か、人間が罪人にその罪を自供させる時に使う台ではないか!

 台の上には灯りがあり、この灯りで罪人に精神的負荷をかけるという。

 また、精神的負荷が極限まで高まった際に「かつどん」という美味な料理を振舞うらしい。

 そうすることで罪人の情にうったえかけて自供を促すのだという。

 なんとも恐ろしい拷問道具と聞いている。

 色々な種族に拷問をしている事から推測するに、恐らくこれは我輩のような異世界からの転生者を炙り出す事が目的なのだろう。

 ふっふっふっ。

 人間よ、残念だったな。

 我輩は魔王であるぞ。

 どこの馬の骨かも知らぬ転生者とはわけが違うのだ。

 我輩が自供するはずがなかろう。

 魔王という身なのでな、度々拷問を受けることもあったのだ。

 だが、そのすべてを無傷で耐え抜いた我輩であるぞ。

 さきほどの犬とやらにした「ちゅうしゃ」という拷問にも耐え抜いてこその魔王である!

「はーい。トラ吉ちゃん。ちょっとチクっとしますよー」

 なんだ?

 「ちゅうしゃ」ではないのか!?

 いったい何をする気だ!?

 貴様は何を持っているのだ!?

 その長細い物体で、「ちくっ」とするとはどういうことだ!?

 「ちくっ」てそもそもなんなのだ!?

 今やめるなら許してやっても良いのだぞ!

 そうだ! 貴様が望むのであれば、この世界を征服した暁にその半分をお前にくれて……!

 おい! 聞いておるのか!?

 や、やめろ!!

 やめろぉぉ……

ーーー

「はい! 終わりましたよ〜。トラ吉ちゃんおりこうさんでしたね〜。」

 な、なんとか我輩が転生者であることの疑いを晴らすことができたようだな。

 しかし、厳しい拷問であった。

 身動きひとつ取らせてもらえず、首元あたりに何かを刺されたのだ。

 あれが「ちくっ」というやつだったのであろう。

 まだ少し痛みが残っておるぞ。

「1回目のワクチン接種が終わりましたので、またしばらくしたら2回目を実施しましょう。」

 なに!?

 我輩への疑いが完全に晴れたわけではないのか!?

 く……しかし、これも耐えねばなるまい。

 いずれ、この世界を征服し、魔界に戻るためにも、まだ正体を明かすわけにはいかんのだ。

 我輩は魔王!

 人間どもよ!

 そのような拷問、いくらでも耐え抜いてみせるぞ!
 
 そう、その時が来るまでは。

リュックキャリーを訝しむ魔王


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