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魔王、猫になる。 第1話 魔王、郷に従う。

 我輩は魔王である。名はトラ吉。

 現在、この魔王である我輩は愚民の家で猫として世話になっている。

 最近流行りの異世界転生というやつに巻き込まれたようなのだ。

 魔界を統べたこの我輩であるが、いまは茶白と呼ばれる柄の猫に成り下がってしまった。

 だが、郷に入れば郷に従えという諺がある通り、ここでどうこう嘆いてもしょうがない。

 我輩は魔王なのである。

 ヤケを起こすような器ではないのだ。

 必ず魔界に戻るチャンスは巡ってくる。

 それをただ待てばいいのだ。

 「ちゃーちゃん! ごはんだよー!」

 お、主人①の声がする。

 どうやら、我輩への贄の時間のようだ。

 我輩の名はトラ吉であるが、呼び名がどんどん崩れてしまい以下のように変化したのだ。

ーーー
トラ吉

トラ

とら

ちょら

ちょらぁ

ちょぁー

ちゃー

ちゃーちゃん
ーーー

 うむ、どんな名で呼ばれようが我輩は魔王である。

 トラ吉よりもちゃーちゃんの方が可愛いいからお気に入りなんてことは決してないのである。

「トラ吉! トラ! あれぇ、全然こっち向かないじゃないか」

 この声は主人②であるな。

 我輩を呼びつけるなど数千年早いわ。

「あれー、ぜんぜんこっち向かないなぁ。」

「だめだよ、ちゃーちゃんて呼ばないとこの子振り向かないんだから」

 む、聞き捨てならないな。

 その自らの愚行を、この魔王が後悔させてくれよう。

「ほら! 今日はカリカリじゃなくて、ちゃーちゃんの大好きなウェットフードですよ〜」

 うむ、器の大きい我輩はそんな事は気にしない。

 貴様のその無礼な言動を許そう。

 しかし、この世界の贄は大変美味であることに驚いた。

 魔界では人間の魂を貪っていたため魂の味しか分からず、食物を口にすることはほとんどなかった。

 だが、この「うえっとふーど」とやらを初めて口にした時は、3代目の勇者の魂を喰らった時とも比べようのないほどの満足感であった。

 我輩をここまで唸らせる食材がこの世界にはあるのだ。

 いずれ、元の姿に戻ることができた暁には、この世界を魔界として統べることもまた一興である。

 とにかく、我輩は、その時を待っているのである。

 決して、今の自堕落な生活に溺れているわけではないのだ。

「あら! ちゃーちゃん! 全部食べたの〜。えらいわねぇ」

 そう、その時が来るまでは。



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