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井上道義の「ラ・ボエーム」

【過去の演奏会より】

日時:2024年10月12日(土)14時から
場所:兵庫県立芸術文化センター大ホール(西宮市)

音楽 ジャコモ・プッチーニ
台本 ジュゼッペ・ジャコーザ、ルイジ・イッリカ
指揮 井上 道義
演出・振付・美術・衣裳 森山 開次
合唱指揮 辻 博之
照明 足立 恒
映像 山田 晋平
美術コーディネート 中村 友美
衣裳コーディネート 林 なつ子、朝野 なつ美
メイクコーディネート 石原 ももこ

【配役】
ミミ      中川 郁文
ロドルフォ   工藤 和真
ムゼッタ    イローナ・レヴォルスカヤ
マルチェッロ  池内 響
ショナール   ヴィタリ・ユシュマノフ
コッリーネ   スタニスラフ・ヴォロビョフ
ベノア     晴 雅彦
アルチンドロ  仲田  尋一
パルピニョール 谷口 耕平
合唱      きょうと+ひょうごプロデュースオペラ合唱団
児童合唱    三田少年少女合唱団
管弦楽     兵庫芸術文化センター管弦楽団
バンダ     バンダ・ペル・ラ・ボエーム

【演目】 歌劇「ラ・ボエーム」(全4幕/イタリア語上演/日本語・英語字幕付/新制作)

2024年末で引退される名指揮者、井上道義指揮のオペラをはじめて見に行った。

1つのオペラを1つの劇場で1回公演するだけも、いろんなことが起こると言われる。ましてや、今回の各劇場が提携して日本各地で公演され、配役もオーケストラも合唱も劇場によって異なるオペラ公演の困難さは、想像を絶すると思われた。実際、数名の配役の変更もあった。

舞台は1幕から4幕まで共通の舞台を使い、背景は1.4幕では大きな明かり取りの窓が2幕ではレストラン厨房の出入り口となり、3幕では石造りの門と、照明などの演出によって見事に見え方を変えていた。

緞帳を使わず、音楽が始まる前に配役が登場して話をスタートさせ、終幕も流れで解散させていた。全国で条件の違う劇場でも同演目が上演できる工夫かもしれない。

森山開次さんの演出で驚いたのは、黒子のダンサーが現れ、音楽や場面に合わせて踊ったり小道具などを出し入れをしていたことだった。歌謡番組のバックダンサーのようでかなり気になった。

1.2幕間ではパントマイムが登場したが、客席はこの小芝居に戸惑い、中途半端な笑いしか出ず、悲劇の色を薄くしてしまったようだった。

また1幕から病で登場したミミが4幕で事切れる悲劇が常に付きまとう感じやパリの街中にいるような今までのイメージは薄く、3幕では石像のように動きのない白や黒の衣装を纏った合唱が舞台上を動き回ったりと新しい演出は随所に見られた。理解できなくもなかったが、色々同時に動きすぎて気になることが多く、慣れなかった。何度か観るうちに理解できるのかもしれない。

一方演出が素晴らしかったのはアリアやデュエットなどのアンサンブルや合唱やバンダなどで、とても緻密で細かく演出を変えていたところで、とても見応えがあった。特にムゼッタのワルツは素晴らしかった。

衣装は電飾がついたものもあって動くたびに光が動いてとても楽しめた。片眉と鼻に黒影をつけたメイクは無感情の民衆と役ありを分ける演出だったのかも知れないが、オペラグラスでしか気が付かなかった。

4幕のミミが横たわるベッドはなくて、ミミが登場する直前から黒子が箱を集めて組み合わせてその上にクッションやシーツをかけて作り上げてしまった。面白かった。ただ、ベッドが大きすぎて、ロドルフォはベッドに乗り上げての演技となっていた。

照明の演出はオーケストラピット内にも波及しており、一体感があった。暗天の時はピット内も消灯されていた。カーテンコールもスマートで、演出が行き届いていた。

ミミ役の中川郁文さんはとても伸びのあるソプラノ、ロドルフォ役の工藤和真さんはテノールというよりもハイバリトンのような声質で、共に当たり役だった。演技も高声も見事だった。そういえばチラシの絵も主役の2人に似せて描かれているように思えた。

ところがデュエットやアンサンブルになると急に声や歌詞が周りに溶け込んでわからなくなるような感じがあった。声の響きのせいかも知れない。

マルチェッロ役の池内響さん(おかっぱに黒ぶちメガネ、着物は個性的!)、コッリーネ役のスタニスラフ・ヴォロビョフさん、ベノア役の晴雅彦さんは響きのある素晴らしい声を大ホール中に響かせて、演技でも声としても存在感があった。

兵庫芸術文化センター管弦楽団は広いオーケストラピットに余裕で座れていた。それぞれの走者の動きがわかってよかった。1幕の初めはかなり緊張感のせいか演奏が乱れたところがありとても心配されたが、音楽が進むにつれてだんだん慣れてきてハラハラ感がなくなっていった。

井上道義さんはもう引退されるとはとても思えないエネルギッシュな棒だった。大きな身振り手振りはとても明確で、また抒情的でもあり、巨匠の名にふさわしいパフォーマンスだった。

客電がついても鳴り止まないカーテンコールの拍手は感動的で、前述したように、井上道義さん&森山開次さんとそのスタッフたちは、上演するだけでも困難な全国ツアーオペラを高レベルで実現させた。まさに偉業といっても差し支えないと思う。ツアーの最後まで成功させ続けてほしいと思う。

井上さんが引退される理由は体調のことだとプログラムに書かれていたが、回復されたらまたさらに野心的に日本の音楽界を先取りしていただきたいと願っている。

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