鑑別所

鑑別所で言われた「“あ”はいらねぇ!!」

その時ぼくは家庭裁判所の一室にいた。18歳だった。目の前には法服ではなく黒いスーツを着た銀行員みたいな裁判官がいた。額の生え際の両サイドがとんがっていて鬼のツノのように見えなくもなかった。彼は憎々しげにぼくを睨むと言った。
「あなたには鑑別所に行ってもらいます!!(怒)」
その思いっきり私情の入ったドヤ顔は今でも覚えている。ぼくの罪状は傷害のように被害者が出るようなものではなかったから、どうしてこの人が怒りを顕わにしていたのか今もってわからない。

とにかく、警察の留置所で10日ほど取り調べを受けた後、鑑別所に一ヶ月ほど収監されることになった。
来月にはダムに沈む限界集落の小学生が着ているような青のジャージに着替えて鑑別所生活が始まった。真冬だったので寸足らずでペラペラのジャージが恨めしかった。
自分の部屋に入ると、後ろで鉄格子付きの扉が閉められた。ルームメイトは大助花子の大助に似ていた、いかにも人の好さげな奴だった。

6畳だか8畳だが覚えてないが、真ん中に小さな座卓が向かい合わせになっていて窓には鉄格子、扉には食器口と呼ばれる引き出しのようなものがついていた。廊下側から食事を入れる時にはドアを開けずにそこを使う。
廊下と反対の窓側にむき出しの洋式便器があり、ついたてで隠されているだけなのに驚いた。互いに簡単な自己紹介をしたら訊くことは一つしかない。
「で、大助くんはなんで入ったの?」
鑑別所はこの手の矯正施設でもっとも軽い犯罪を犯した者が行く所。鑑別<少年院<特別少年院<少年刑務所みたいなグレードになっている、たぶん。

大助はテレクラの雇われ店長をやっていただけなのだが、経営者が無許可で営業していたとかそんなことで大助も捕まることになった。彼には三人子供がいるという。まだ10代なのに。
部屋の真ん中で机を向き合わせて反省文や貼り絵などやりながら互いの来し方など話していると、図書の巡回が来た。よく刑務所ものの映画でそういうシーンがある。あまり予定がない生活なのでとにかく暇だったから、一番長持ちしそうな本を手に取った。三浦綾子の「塩狩峠」だった。単行本の上下巻合わせて5、6センチの厚みがあった。

この話、北海道の塩狩峠という場所を走っている列車の連結が外れるという事故に際して機関士が自分の体を投げ出して止めて大惨事を防いだという内容で事実に基づいている。著者は敬虔なクリスチャン。
ぼくがその小説を読んでいると、大助が言った。
「それ面白い?」
「まだわからない。」
「読み終わったら貸してくれない?」
「いいよ」
本当に読めるのか?と彼を見くびるような気持ちがあった。たぶん小説なんか一冊もまともに読んだことないんじゃないかと決めつけていた。
読み終えて彼に渡した。
果たして彼は数日の間黙々と読み続けた。ある時、パタンと本を閉じる音がしたので顔を上げると、すぐ目の前で彼は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「これ…いい話だね」
当時ぼくは本を読むことに慣れていてその量や速さを誇るようなところがあった。積み上げた本の上にあぐらをかいていた。知識が多いほど図に乗るということもある。「自分はこんなに知っている」と。確かにぼくは大助より多くを知っていたはずだ。でもその小説に涙するような感受性はなかった。本を読めていなかったのは自分の方だった。

彼とぼくは毎日机を向かい合わせてそれぞれの日課をこなした。反省文をしょっちゅう違うお題で書かされるのには閉口した。適当に嘘八百書いたら世間話をする暇はたくさんあった。他に時間を潰す手段としては貼り絵があって、内容は自由だったので、せめてもの抵抗として十字架にドクロが磔になっていて大きく英語で「Death」と書いてある作品を作った。随分とわかりやすいひねくれ方だけど。

おやつの時間帯が決まっていて、その時間内であれば棚にキープしてあるお菓子を好きなだけ食べることができる。ぼくは母親が差し入れてくれたお金を使ってハーベストを買った。ハーベストは小袋でたくさん入っている。それを大助にいくつか分けて二人で食べた。ぼくといる間、彼には誰も面会がなかった。だからお金もなくてお菓子が買えなかったのだ。ぼくは彼と完全に半々にすることもできたけれど、そうしなかった。そのことを今でも覚えている。こんなにたびたび思い出すのならほんとにきっちり半々にすればよかったと思う。ハーベストを楽しみにしながらDeathもないもんだけどw

運動は時間が決められていた。グラウンドで野球という固定メニューだったような気がする。ぼくは入所中一度も運動に出なかった。
ある日、一斉に廊下に出て、広い部屋に移動させられて交通死亡事故の加害者がどうなるかみたいな映像を見させられたことがあった。その時、竹刀を持った鬼軍曹みたいなのが出てきて軍隊風の整列をさせられた。
「つけい!」
一同ビシッと直立。
「おい、おまえ、両手の中指をジャージのラインに合わせろ」
とか注意されるわけ、逐一。
「前のカシラ見ろ。よそ見するな!」
「あ、はい」
「”あ”はいらねぇ!」
すかさず突っ込みが入る。一瞬何を言ってるのかわからなかった。つまり、「余計な”あ”ひとつつけることすら、おれの許可なしにするなよ」っていう意味。
「あ、すみません」
「”あ”はいらねぇ!!」
もうそれを何度でも言われるんだけど、癖で言っちゃうわけ。言った瞬間わかるんだけど、一々怒られるからもううんざりして極力廊下に並ぶ機会を減らそうと思って、腹が痛いとか口実をつけて運動に出なかった。朝昼晩と三食たっぷり出るからおかげで便秘になった。

で、一週間とか10日とかすると、部屋替えがある。馴れ合いを防ぐためとか脱走防止でなのかな、とにかく一月で三回部屋とルームメイトが変わった。

二人目は、すごいイケメンで喧嘩の強そうな男で雄基(仮名)という名前。
なんで入ったかというと、暴走族の頭だかなんかで入ったと。けっこういい家柄のぼっちゃんだったんだけど、グレちゃってね。
夜寝る前になると、点呼があるので廊下に向かって正座して待つ。自分の番号を廊下の端から房の中で叫ぶんだ。
「一番!」
「二番!」
「三番!」
「四番!」
「・・・」
「おら、五番どーした!!最初から!」
ちゃんと順番にスムースにできるまでやり直す。それが終わると、布団を二つ並べて消灯。早い時間だし、疲れてもいないから眠れないんだ。ずっと限られた刺激だけで閉じ込められてると、娑婆みたいに意識が散漫にならないから内省的になっていろいろ考える。みんなけっこう好き放題やって入ってきてるからその反動で余計にそうなる。
そうしてたまにボソッと話したりしながら天井見てると、どこかからバイクの爆音が近づいてくる。隣の雄基がはっと目を見開いて耳をすます。
全部で10台〜15台ぐらいの音が近づいてくる。鑑別所の周りを走ってるんだけど、もちろん高い塀があるから姿は見えない。その中の一台が6連ホーンでゴッドファーザーのテーマ曲のメロディを鳴らし始める。

パララ ララララ ラララララ〜♫ パララ ララララ ラララララ〜♫ パラララ〜 パラララ〜 パラララララララララララ♫・・・
https://www.youtube.com/watch?v=UysFmInLkfs

「…仲間だ。」
と呟く雄基。「友達だ」じゃないんだ。
仲間たちは2、3周したら去っていった。

最後に一緒になった人はホストだった。「競馬はやる?」なんて聞かれて。競馬って重賞レースにはしっかり八百長があるっていう話。どの馬が入るかというヒントが予めいろんなところに出ていてそれを読み解けば、ちゃんと当てることができるのだと。馬の名前やいろんな属性、テレビCMの内容、レースの月日、宣伝ポスターのコピー、などを総合的に考慮して当てられるって。ぼくは真に受けて、じゃあ出所したら一緒に競馬に行こうって約束して電話番号をノートの切れ端にメモしてとっておいた。

そいで二人とも出所したタイミングで電話して、一緒に競馬に行った。事前に電話でこれこれだから順当にいけばたぶん◉◉◉が来そうだって話も聞いてた。それで横浜の場外馬券売り場で彼の言う通りに1万円分の馬券を買って大画面を見てたんだけど、全くかすりもしない。彼もバツの悪そうな顔して、「おかしいなぁ」とかいって。なんとなく気まずい感じで別れてそれっきりなんだけど、彼は薬物で鑑別に入った人だったから覚醒剤でも常用してたのかもなと後から思った。

身体検査をした日のことは忘れられない。並んで立っている男の中に一際目立つ男がいた。大柄でいかにも腕っぷしが強そうなんだけど、目がキョロっとしてて優しそうで天パーで黒人とのハーフみたいな感じだった。

その彼がジャージを脱いだ時にみんなハッとして息を呑んだ。全身余白がないぐらい根性焼きの痕だらけだったから。もう勇気を試すとか喧嘩でとかそんなレベルじゃない。執拗で病的な虐待。みんなその意味が一瞬でわかるから静まりかえっちゃった。なんて壮絶な人生なんだろうって…。

とにかく、そんなこんなで一ヶ月が過ぎた。出所してから友達に会った時、みんな鬼軍曹を真似て「”あ”はいらねぇ!」って言うのが流行ったのが面白かった。(同じ時期に十人ぐらいの友達が同じ鑑別に入ってた)あいつは一体年間何百回、何千回同じことを言ってたんだろう?
後日、ぼくの部屋に置いてあった貼り絵を見た母が言った。
「それスペル違ってるよ」
よく見ると、確かにDethになっていた。

P.S.もし、こうした施設に入れられる子供たちに興味が湧いた方がいらしたら、下記の詩集をお勧めします。殺人やレイプなど凶悪犯罪を犯した子供ばかりが入れられる少年刑務所の更生プログラムで詩の授業を担当した作家が見た“凶悪犯罪者”たちの姿が描かれています。帯には「加害者になる前に被害者だった」と書かれていました。

◉「空が青いから白をえらんだのです ―奈良少年刑務所詩集― 」 (新潮文庫) | 寮 美千子 

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