シャンプー台へ どうぞ
え?私が美容室へ行く理由?
長くなった髪を切るため?トリートメントしたいから?カラーを変えたいから?自分を変えたいから?それらも間違いではないけれど、不動の第一位がそこをなかなか譲らない。
「…こんにちは」
少し緊張しながら、腰を低くして店内へ入る。
「お!!むーちゃん!!いらっしゃい!!」
もう10年以上通っているからか、いつの間にか『むーちゃん』と命名されている。ローテンションなむーちゃんとハイテンションな担当美容師さん。
席に案内され、今日の髪型を決める。特にこだわりはないので、いつもおまかせ。もうここに通って10年にもなると、私の細くて絡まりやすいくせ毛を生かし、かつ流行りを取り入れたカットを提案してくれる。この美容師さんにまかせれば想像以上の「くせ毛風パーマ」ならぬ「パーマ風くせ毛」が完成する。テンションはついていけないけれど、絶対的な信頼感が彼にはあった。
「じゃあ、今日はカットとカラーしていこうか!あ、シャンプーお願い!」見習いと思われる美容師にバトンタッチ。
「変わります。よろしくお願いします。シャンプー台へどうぞ」
私は席を立ち、案内されるがままシャンプー台へ向かう。
そう、私が美容室へ行く一番の理由。それはシャンプーをしてもらうこと。
私にとって髪を切ること以上に楽しみなのだ。
仰向けになり、顔に薄い布をかけてもらう。目を開けていてもいいのだが、私は目を瞑る。シャンプーに全集中。シャワーのお湯が頭にかかる瞬間の多幸感。は~。あったかい。温泉に来たのかと一瞬錯覚するほどだ。仕事頑張ってきてよかったあああああ。月火水木金からの、今日。なんかもう辛かったこととかどうでもよくなるんだよな。緊張もなんだかほぐれてきた。
「お湯加減いかがですか?」
「(めっちゃ最高です~!!!!!!!と言いたい。でもダメダメ。ここは冷静に・・・)大丈夫です」
シャンプーに包まれた髪はいい匂いが漂う。自分からいい匂いがすると思うだけでものすごくいい女なのでは?と思えてくる。頭全体を洗ってゆく。特に首を持ち上げて襟足付近を洗ってる時。気持ちいい。めっちゃ気持ちいい。
「流し足りないところはございませんか?」
「(え!?!?もう終わりですか・・・!?!?あと最低10分は流し続けてほしいんですけど?!?!えーやだー!!!!…まあ流し足りないところは)ないです」
心の中は担当美容師さんに負けないほどのハイテンションであるが、冷静を装ってしまう。そういうキャラじゃないしな、私。シャンプーが終わり席に戻るとカラーの準備までしてくれる。その時少し話をするのだが、リラックスしてるからか自然と話が弾む。頭も心もほぐしてくれる。美容室にはこの癒しを求めているのかもしれない。
実はもう一つの楽しみがある。それはシャンプーをしている様子からその人の性格を想像すること。シャンプーはおそらく床掃除の次に覚えることなのだろう。だから新人さんが率先してやってくれる印象がある。つまりカットへの道のり第二関門であるシャンプーにその美容師さんの性格がでてくると思っている。その人と話さなくとも性格が感じ取れる気がするのだ。
基本的な髪の洗い方は決められているとは思うが、指圧の強さや手の動かし方は人によって微妙に違う。水が跳ねないように丁寧に洗う人もいれば、豪快に洗う人もいる。
洗われている間、気持ちいいと感じると同時に考える。ふわっとした洗い方だから優しい人なのかな?イカツイお兄ちゃんだったけど、もしかしたら繊細なのかな?ギャップがいいな。最高。こんなこと考えているなんて絶対に言えない。そういうキャラじゃないから。心の中は、自由で宇宙だ。
「むーちゃん今日はありがとうね!」担当美容師さんが手を振る。
「ありがとうございました」私も手を振り返す。
担当者の後ろから、シャンプーしてくれた美容師さんが会釈してくれた。私も軽く会釈する。堂々と店を出る。髪の毛からはいい匂いが漂っている。よし、また月曜から仕事頑張ってやるかあ。