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農耕革命とGAFA革命:私たちは再び「不自由」に向かうのか?
はじめに
ユヴァル・ノア・ハラリのベストセラー『サピエンス全史』では、「農耕革命」は必ずしも人類にとっての “進歩” ではなかったと指摘されています。狩猟採集社会よりも豊かになったように見える一方で、実は長時間労働や食料の偏り、感染症の蔓延など、様々な問題を生み出し、人類の多くを不自由へと導いたとも言われています。
一見すると、大量に食料が得られ人口が増加した農耕革命は「人類の勝利」のように感じられます。しかし実際は、新たな社会構造が生まれ、人々は土地に縛られ、支配層と被支配層に分かれるきっかけにもなりました。ハラリはこの状況を「人類が小麦を栽培しているように見えて、じつは小麦が人類を ‘飼い慣らして’ いる」という逆説を提示しています。
では、21世紀に私たちが直面している「GAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)革命」はどうでしょうか? いわゆる“情報革命”は、私たちに利便性や豊かさをもたらす一方で、スマホやSNSへの過度な依存、常時オンラインによるストレス、個人情報の集中管理など、多くの歪みを生み出しつつあります。もしかすると、農耕革命と同様に、私たちは「GAFA」によって飼い慣らされる道を歩んでいるのかもしれません。
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1. 農耕革命はなぜディストピア的だったのか?
長時間労働と健康被害
農耕社会になり、安定的に食料を得る代わりに、人類は長時間労働に従事するようになりました。狩猟採集時代の方が、意外にも一日の労働時間は短く、栄養の多様性にも恵まれていたといわれます。農耕が普及したことで、主食となる作物に偏った食事による栄養不良や、家畜化の影響による感染症拡大などが増えた点も見逃せません。
社会構造の固定化
農業が大規模化し、余剰生産物が出るようになると、管理者や支配者が生まれ、階級や格差が顕在化していきます。農耕以前の社会では比較的平等だったとされる人間関係が、土地や食糧の所有によって大きく変わってしまったのです。集団に属し、定住することが当然になったため、一度その仕組みに組み込まれると抜け出すことが難しくなりました。
2. GAFA革命がもたらす「新たな依存」
デジタル領域での「定住化」
農耕社会では「土地」に縛られたのに対して、現代は「デジタルプラットフォーム」に縛られつつあります。Googleの検索サービス、Amazonのオンラインショップ、Facebook(Meta)のSNS、Appleの端末とアプリ環境など、これらのエコシステムから離れて生活することは、ますます難しくなっています。
ある調査によると、世界のSNSユーザーは2020年代に40億人を突破し、人々の多くが一日の数時間をSNSに費やしていると言われます。これは、現代における「定住地」が土地から“プラットフォーム上のアカウント”に移り変わり、そこから抜け出すのが難しい状況を示唆しています。
ドーパミンとの戦い
SNSの「いいね」や通知は、人間の報酬系を刺激します。スマホが鳴るたびに私たちの脳はドーパミンを放出し、報酬として快感を覚えます。これは、ギャンブルや薬物依存にも近いメカニズムで、プラットフォーム企業はユーザーの関心を集めるためにデザインを最適化し続けています。
農耕革命が「人間を土地に縛り付けた」ように、GAFA革命は「人間をオンラインから離れられない状態」にしていると言っても過言ではありません。もはや私たちは、テクノロジーに自発的に時間を捧げ、その見返りとして「承認欲求を満たすいいね」や「お得で便利なサービス」を受け取っているのです。
3. ディストピア化を示す兆候
幸福度の停滞や低下
SNSの使用時間が増えるほど、逆説的に「幸福度」が低下するという研究結果も存在します。常に他者との比較が可能となり、完璧に見える他人の生活や成功体験が目に触れやすくなることで、自己肯定感が下がりやすいのです。農耕革命が労働負担の増大や健康被害をもたらしたように、GAFA革命もメンタルヘルス面で大きな負担をもたらしている可能性があります。
情報格差とプライバシーの侵食
GAFAなどの巨大企業は、膨大なデータを収集・分析することで、その力を増大させています。アルゴリズムによる情報操作やターゲティング広告は、私たちの行動様式や思考を誘導しやすくなっており、いわば「デジタル支配層」と「データ提供者」という構図が形成されています。農耕革命時に進んだ階級の固定化と似たような現象が、デジタル空間で起こりつつあるのです。
4. 未来を見据えるために
「飼い慣らされる」ことへの自覚
ハラリの『サピエンス全史』から学べる大きな教訓は、「人間が何かを ‘利用している’ と考えていても、実は ‘利用されている’ 可能性がある」という点です。農耕革命における小麦と同様に、私たちはGAFA革命におけるテクノロジーに “飼い慣らされて” いないか、常に自問し続ける必要があります。
デジタルデトックスや意識的な利用
完全にオンラインサービスを手放すのは難しいにせよ、使い方を意識的にコントロールすることで、被害を最小化することはできます。定期的な「デジタルデトックス」やSNSの通知をオフにするなど、ドーパミンの過剰刺激を抑える仕組みを取り入れることは、自己防衛手段として有効かもしれません。私の過ごした島根県立隠岐島前高等学校の男子寮でも、一日中電子機器を禁止とするアーミッシュデイと呼ばれる取り組みをしていました。
分散型テクノロジーへの期待
中央集権的なプラットフォームではなく、ブロックチェーンや分散型SNSなどのテクノロジーが注目されています。もし誰かがデータを独占する構造を変えられるのであれば、利用者自身がデータをコントロールし、プラットフォーム依存から脱却できる可能性があります。農耕革命がもたらした過度の集中を緩和するために、社会体制を工夫してきた歴史に学び、デジタルの世界でも同じように新しい仕組みを模索することも必要になるのではないでしょうか。
おわりに
農耕革命は一見、人類に豊かさをもたらしたようでいて、実際には多くの人々を「長時間労働」と「社会の格差」に縛り付ける結果となりました。現代の情報革命も、利便性や快適さの裏側で、私たちをSNSやプラットフォームから離れられない存在にしている可能性があります。
大事なのは、私たちがテクノロジーやプラットフォームを「どう使うか」を主体的に選び取る意識を持つこと。誰もがオンラインでつながる世界だからこそ、そこに潜む落とし穴に気づき、自分たちの行動をコントロールする術を身につけておかねばなりません。
農耕革命とGAFA革命との類似点を認識することは、単なる悲観ではなく「今ある課題を見つめ直し、よりよい未来を創るきっかけ」として役立ちます。私たちは再びディストピアを招くのか、それともテクノロジーと共存しながら未来を切り拓けるのか──。その選択は、いま私たち一人ひとりの手にかかっています。
参考文献・関連情報
• ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』(河出書房新社)
• Nicholas Carr, The Shallows: What the Internet Is Doing to Our Brains(邦訳:『ネットバカ』)
• Jean M. Twenge, iGen(邦訳:『i世代』)
• 各種SNS利用状況に関する統計(We Are Social / DataReportal など)