いくし゛なし
まだ枝木にもたれ、萼にすっぽり包まれるべき花びらのように、瑞々しい耳朶だと思った。
本来であれば、そこに居たはずなのに、突風に追い出され、寄る辺なくなった。
あまりにも冷たくて、湿っている。
アスファルトに晒らされたあの、清涼で仄暗い花びら。
つぷっと針を刺して、がちゃんと閉じた。
前歯で、さくらんぼを弾いた感触。
震える手を離すと、あっという間に装飾が施された。
なんてことない。ただのピアス。
親という立場になると、あまりにも世間が見え過ぎていて、損得ではかってしまう。
飾ることのリスク、カテゴライズ。そういうものが、しばし浮かんだ。
それでも、目の先にある包帯の中を想像したら、こんなもの、なんてことないのだ。
誰が何と言おうと、彼女を守れるのなら、このピアスは、支柱でしかない。
悲鳴のようなラインをもらった。
震える手で車に乗り込んだ。ハンドルを握る手が冷たい。痺れる。
暗い部屋に、体育座りをする彼女を抱きしめて、ピアスを開けようと提案した。
田舎の、ここであと10年はいなくてはいけないこの地の、ドラッグストアを三件まわった。
見つけた時の気持ちが、安堵だった。
彼女の左耳に、マッキーで暗い点を書いた。
アルコール臭と、おもちゃみたいな装置は、自分の年少の時よりも、もっとがたついていた。
彼女は、すっと背筋を伸ばす。
銀色の金具が、彼女の顔を上げさせる。
私は片耳のそれが彼女に、とてもよく似合うと思う。
それ以上でもそれ以下でもない。
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