Dead man's hand (FF7バレット視点SS) 二次創作
──最愛の人を見つけた。その人との生活が少しでも豊かになればいいと、そう思った──
日々、馬鹿なことをして笑い合っていた親友は、美人を捕まえてさっさと結婚しちまうし、仕事はつまらねぇし、暗くて狭い坑道の中は一層息が詰まった。
無意味に苛立つ毎日を送っていて、口からは悪態しか出てこない。
つまるところ、夢中になれることも無く、ただただ暇を持て余していた。
ある日の仕事終わり、さっさと愛する妻の元へと帰る親友を背に、一人酒場へのそのそと向かうと、いつも座るカウンターには先客が座っていた。
顔見知りばかりのこの村で、初めて見る女。
店主と話しながら、底抜けに明るく笑う。
埃っぽいこの村に相応しくない、あまりにもきらびやかで豪快な笑顔に、一目で釘付けになった。
話しかける口実も持ち合わせないまま、勢い任せに隣へ座ると、ゆっくりと彼女はこちらに視線を向けて首を傾げ、何か用?という態度をとる。
俺は胸ポケットから、いつも親友と遊んでいるトランプを取り出して
「お気に入りの席なんだ。ポーカーで勝ったらその場所、代わってくれないか?」
と彼女に持ちかけた。
きっかけは何だっていい、同じ時間を過ごしたかった。
彼女はフッと片方の口角を上げて
「一人前になってから出直しておいで」
と軽く俺をあしらうと、酒代とチップを店主に渡し、酒場を後にした。
彼女は初めから全て見ていた。
気怠そうにのそのそと酒場に入ってくる仕草から、惚けた顔で凝視する態度から、格好つけて捻り出した誘い文句まで。
なんて、情ねぇ。
恥ずかしさで火を吹きそうな顔を誤魔化すように、キツイ酒を二、三杯と煽って早々に帰路につく。
名前すら聞き出せなかったのに、彼女のせいか酒のせいか、心臓の音は早いまんまだ。
ぼんやりと夜道を歩く俺を見かけた親友が、おい!と腕を引っ張って呼び止める。
親友に、何かあったのかと問われると、酔いの勢いも相まって、酒場での出来事を怒涛に吐き出した。
彼女にもう二度と会えないかもしれないのに大失敗だと、撃沈する姿を見て親友は
「お前はすぐ、諦める」
と呆れて笑うと、俺を家へと招き入れ、奥さんと三人で夜通し"彼女"を振り向かせるための作戦会議を開くことになった。
別段良い作戦ができたわけじゃない。
二人からは、生活態度を改めろだの、仕事はキッチリこなせだの、そんな小言をいくつかくらうと、最後に
「お前も運命の相手を見つけたんなら、ぜってぇ逃すんじゃねぇ」
と俺の背中を押した。
体の良い酒を飲むための口実だったが、随分と気持ちが楽になった。
どうしても"彼女"を諦めたくなかった俺は、格好つくまで何だってやってやると、自分を奮い立たせると、自堕落な生活に終止符を打つきっかけをくれた二人に感謝した。
毎朝ちゃんと起きるようになったし、仕事はサボらず真面目にこなした。
そして夜は、酒場で"彼女"を見かけるたびに声をかけ続けた。
なびく素振りなんてこれっぽっちも無かったが、数日続けると、呆れながらもポーカーにだけは付き合ってくれるようになった。
ただの一度も勝てなかったが、少しずつ話をしてくれるようになったし、名前で呼び合う仲にもなれた。
"彼女"はミーナという名前で、ミッドガルに出稼ぎに行く旅の途中らしい。
近頃、遠くからその大都市を目指して旅をする連中をよく見かけた。
ミーナは歌が上手かったから、各地の酒場で歌って旅費を稼いでいた。
この酒場でも度々、片隅にある古いピアノでリズムを取りながら、迫力のある美しい声で歌っていた。その時ばかりは、ケチな村人たちもミーナへのチップに勤しんだ。
幾日か過ぎたある日、何も進展しない関係にもどかしくなって、俺はまた勢いに任せて
「結婚してくれ!!」
とミーナに叫んだ。
付き合っても無いのにだ。どうしても、この村を旅立ってほしくはなかった。
ミーナは、豪快に笑うと
「ポーカーで勝てたらね」
と俺の胸ポケットを指差した。
一世一代の大博打に酒場の連中も駆け寄る。
いつものように、胸ポケットからトランプを取り出し、カードを切る。シャッフルする手が小さく震えた。
勝負は簡易的なドローポーカー。手札交換は一回のみでベットはなし。
人生を賭けた、たった一度の大勝負。運だけの勝負だ。
ミーナは、配られたカード五枚のうち二枚を机の端に移動すると、山札からカードを二枚取る。俺は配られたカードのまま、取り替えることなく勝負に出ることにした。
さっきまでうるさかった周りの野次馬たちも、酒を煽る手を止める。
「本当に俺と結婚してくれるんだな?」
念押しで確認すると、ミーナは
「二言は無いよ」
と片方の口角を上げて笑った。
いつの間にか、野次馬の真ん中に陣取って、ディーラーを気取った店主が〝ショーダウン〟を宣言する。
手に汗を握りしめ、お互いゆっくりとカードをオープンしてゆく。
俺の手札は
〔♢3、♤3、♡5、♤5〕のツーペア。
ミーナの手札は
〔♤A、♧A、♤8、♧8〕のツーペア。
───人生最大の大博打は見事に散った。
「バレット、あなたは少し真っ直ぐすぎる」
そう言ってミーナは少し困ったように笑うと、肩を落として呆然とする俺をよそに、集めたトランプを裏にして机の上に広げ始めた。
無作為にその中から一枚取って、自分に見えないよう俺の方へと数字を見せると、
「スペードのキング」
とミーナが宣言した。
「「当たりだ……」」
周囲がどよめく中、続けざまに、また別の札を俺に見せる。
「次はハートのクイーン、これはダイヤのジャック」
ミーナは、次々と伏せた札を俺に見せては、全て的中させてみせた。
どうして分かるんだ?と野次馬連中とミーナに問うと、
「あなたたちが長年使い込んだカードには、色んな汚れやキズがある。それを全て覚えたの。
最初にあなたとポーカーをした、その日からずっと」
とあけすけに笑った。
ミーナはいつも周囲をよく観察して学び、自分でチャンスを掴んで、運は後から付いてくるものだった。
人生を楽しんでいる彼女は、一層輝いて見える。
あるかないかも分からない運に頼り切っていた俺の負けは、初めから決まっていた。
「ミッドガルに行くのか?」
俺は悲痛の声でミーナに聞く。
ミーナは、大げさにうーんと考えるフリをして
「あなたは真っ直ぐ過ぎるから、誰かが先導しなきゃね」
と言うと、俺の右手を取って優しく微笑んだ。
俺はミーナの言葉を逃さないように、思いっきりハグをした。
その日から、俺たちが結婚するまで、そう時間はかからなかった。
初めからすべてはミーナの手のひらの上だったが、それが心地よかった。
生活は決して豊かではなかったが、最愛の人がそばにいる。そんな日常全てを愛していた。
──そして俺は、そんな幸せな日々を謳歌するうちに欲が出た。
ボンヤリと布団の中から天井を見上げる。
どうやら気絶していたらしい。
今日は、何日で今は何時なのか、烟るような視界で周囲を見渡す。
点滴が繋がる左腕と白いシーツ、そして体の右側への違和感。
ぐるぐると包帯で締め付けられた右腕の、肘から下は無くなっていた。
幸せな夢を見ていた。ミーナと出会った頃の夢。
ミーナを抱きしめる夢。なんて柔らかくて温けぇ。その感触を忘れることはできない。
俺の手を取った人たちは、みんな居なくなってしまった。
撃たれた俺をかばってくれた親友を、崖から引き上げることができなかった。
焼き払われた村の硬い地面の上で、煤だらけに埃被って倒れるミーナをまともに抱き上げることもできない。
これから俺は、右腕と愛する人たちを失う代わりに、どうして生き残ってしまったんだと、一生涯問い続けるのだろう。
失ったはずの右腕にミーナの感触が残る。
──お前たちのすべてを背負うから、しばし夢の中に居させてくれ──
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━End━
【ドローポーカー】
コミュニティカードが存在せず、手札の交換が発生するポーカーがドローポーカー。(コミュニティカードとは、参加者全員が共通して使えるカード、数枚を表にされた状態で机に置かれる)
【Dead man's hand(デッドマンズ・ハンド)】
ポーカーの役のひとつ。様々な伝説のある役。
最も有名な伝説の一つは、2つの黒いエースと2つの黒い8で構成される手札。ポーカー中に暗殺されたガンマンがこの手札を握っていた。
通称、死人の手札。