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【二次創作SS】TOY SOLDIER ─FF7クラウド視点


午前六時。
部屋中に響くラッパの音とともに起床。
もう何度もこの騒音によって朝を迎えているが、今だに慣れることはない。
簡素な二段ベッドから飛び起き、軍服をはおり、下衣かいも手早く履き替えて、軍靴ぐんかを締め上げる。
 一昨日、縫い付けたばかりの袖のボタンが、もう取れそうになって揺れている。
作業帽を目深に被り、一斉に兵舎前の広場へと駆け出す。同じようにそれぞれの部屋から新兵たちが飛び出し、広場中央に立つ班長の前に整列してゆく。
ここまで五分。入隊してから体に染み付いた一連の流れだ。

──右へ、ならえ!!直れ!番号、始め!!──

点呼の号令を合図に、起き抜けで張り付く喉をこじ開け、ミッドガルの乾いた空気に咽せるのをこらえながら、自分に割り当てられた番号を叫ぶ。
 今では自分の名前よりも、数字の方を多く名乗っている気がする。
班長が本日の課業予定を淡々と伝達してゆく。目を見開き真剣に聞いているような顔をしながら、脳を起こしてゆく。

──各自、爾後じごの行動にかかれ!!わかれ!!──

つま先は六十度に開き、腕を九十度に上げて敬礼。右手指先は眉に添え、てのひらは真っ直ぐに保ちつつ、、、、やや内向きにすること。手の内を見せないように。

各自、駆け足で兵舎の部屋へと戻り、飛び起きたままのベッド上を、ひとつのシワも無いように整えてゆく。
 これほど面倒な作業を、家ではどれくらい手伝えていたんだろうか。多分、両手で数えられる程度だろう。


六時三十分。
食堂へ向かい、配膳カウンター前の長い列に並ぶ。
朝食の煮豆とブロッコリーとゆで卵、それから冷めたグリルチキンをトレーに投げやりに盛られて、煮豆の汁が軍服に飛ぶ。給仕係をひと睨みするも、相手はガタイの良い退役軍人の強面だ。気付かれる前に目を伏せて、硬いパンの入ったアルミケースの中から、まだ“マシ”であろうものを二つ選ぶと、トングで掴みトレーへ乗せた。
同期入隊の兵士たちと簡素なテーブルを囲み、故郷自慢やら、筋力自慢を聞きながら朝食を喉の奥へと詰め込む。そんなに牽制し合って何になるというんだ。


六時四十五分。
ここから洗面所の数限りある蛇口の奪い合いだ。
毎日懲りない。勢いよく出した水で顔を洗い、寝癖を整え、歯を磨き、苦みのある水で口をゆすぐ。
ニブルヘイムは湧き水が豊富で、嫌な臭いもせず、日頃から美味い水を飲んでいたことを、ここに来て知る。

ひと通りの身支度が終わると自習時間となる。忙しい朝の束の間の自由時間だが、ソルジャー選抜試験を目指す者は各々、ぶ厚い『神羅軍教範しんらぐんきょうはん』を熟読して頭に叩き込む。何度もめくったページがよれて開き癖がついてしまった。


七時二十分。
兵舎清掃開始。係から割り振られたのは廊下の掃き掃除だった。一番苦手なトイレ掃除の当番ではないことが今週の救いだ。一人無心になれる作業は割と好きだが、掃き方が甘いとすぐにやり直しになってしまう。
班長が、いかにも意地の悪そうな視線で周囲を見渡し、目を光らせ、舐めるように床や窓辺の埃を探してゆく。
どうやら今日は“やり直し”を免れたらしい。


七時四十分。
兵舎前広場にて自主トレーニング。同室の兵士同士でペアを組み自重トレーニングをする。腕立て伏せや腹筋やスクワットもずいぶんと数をこなせるようになった。
ここに来た時より一つ歳を重ね、少しは背も伸びて筋肉もついたと思う。次に故郷へ帰省できるのがいつになるか分からないけれど、再会したときに恥ずかしく無いような自分でありたい。


八時五分。
“神羅軍体操”開始。音楽に合わせた全身運動で、体操というよりはダンスのような、かなり激しい動きになっている。六番街スラムで有名なダンサーとジムトレーナーの兄弟が考案したものが元になっていて、効率的な有酸素運動になっているらしい。入隊直後は、皆初めての動きに覚えるだけでも苦労した。
この体操でダンスに目覚め、六番街スラムのダンサーの元でショーを作る仕事に転職した者もいるとか。


八時十五分。
隊長に訓示くんじを受け、神羅カンパニーの社旗に敬礼。解散後、本日の訓練開始となる。
今日はすぐに“行進練習”が始まるため、急いで訓練場へと向かい再集合する。

堂々とした姿で、訓練場の号令台の上に立つ教官の前へ駆け足で集合し、息を整えて整列する。高台から教官が鋭い視線で新兵たちを一瞥し、全員集合したことを確認すると、一際大きな号令が掛かる。

──左向け、左!!前へ、進め!!──

左足から踏み出し、歩幅は約七十五センチで、一秒間に二歩づつ進む。
左、右、左、右。ひとつのズレも許されない。

 隊列を組んだ軍靴の音が、規則正しく辺りに響き始める。


 “英雄セフィロス”は、どうしてあんなにも強くなれたのだろうか。どういう訓練をしたのだろう。ソルジャーに関する情報は戦績以外、最重要機密らしくほとんど知ることはできなかった。
ソルジャーになるために最も重要なことは、強靭な肉体と精神力だという。この日々の訓練で身につけることができるのだろうか。

──半歩に、進め!!──

 あの日、ティファを引き止めずニブル山について行きながら、ティファ一人を山に残して逃げたあいつら。ティファを危険に晒したと、村の大人たちに責められたこと。入隊前、母さんが用意してくれた二千ギルを騙し取られたこと。
間抜けだと、遠くから嘲笑われているような悔しさが、ずっと脳裏にこびりつく。
 二度と同じ過ちを繰り返さないために、自分自身で強くならなければいけない。

──足踏み、進め!!──

 早く強くなりたい。ティファを守れるくらいに。ティファの隣に立てるくらいに。母さんを安心させられるように。
みんなとは違う方法で認められたいと、ラジオや新聞でかき集めた情報によって、思いついた答えはソルジャーに……英雄になることだった。

──駆け足、進め!!──

 英雄達の活躍により幾度も戦争に勝った神羅は、高い技術力と統治力によって、世界を平和へと導くらしい。巨大都市ミッドガルなどは始まりに過ぎないのだという。神羅による開発や統治を拒んでいる国々では物流が遮断されつつあると、休憩室のテレビで流れていた。 
 ニブルヘイム以外の国々のことを、ほとんど何も知らないというのに、どこの何と戦えば俺は英雄になれるのだろうか。

──、、、、、、進め!!──

 左、右、左、右。
ザッザッザッザッという軍靴の音と、延々と繰り返される号令に自分の意思をかき消されてゆく。
 満天の星空のもと、淡い緑みたいな、水色みたいなワンピース姿でおまたせ、と照れて笑うティファの顔と、初めて約束を交わしたあの夜のことを、繰り返し繰り返し思い返す。

俺はティファのヒーローになれるのだろうか。よぎる不安に蓋をして、ひたすら軍靴の踵を鳴らす。

──進め!!──


━━━END━



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