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開発者対談 前編|自然環境を察知して生きる、「インフラゼロハウス」での暮らし

昨年『無印良品の家』が取り組んできた、大きなプロジェクトが発表されました。それが「ゼロ・プロジェクト」。水と電気を自給しながら、環境に負荷をかけずに暮らせる家。車で運んで、どこでも好きな場所をリビングにできる家。もしもの時には、安全なところへ移動できる家。そんな未来の住まいが、今回プロトタイプが完成した「インフラゼロハウス」です。

「インフラゼロハウス」の詳細はこちら>

今回は「インフラゼロハウス」の開発メンバーである3人が集合。開発の背景や未来の暮らしについて話しました。

川島 壮史(写真左)
INNFRA株式会社 代表取締役
渡鳥ジョニー(写真中央)
INNFRA株式会社 オフグリッドインフラ プロデューサー
川内 浩司(写真右)
株式会社MUJI HOUSE 商品開発責任者

インフラゼロの暮らしを体験してみたかった

川内:いや、やっと実現しましたね。じゃあまず、それぞれお二人の人生を語ってもらえますか?

二人:(笑)

川島:では私から会社の紹介も兼ねて。『インフラ株式会社』の代表をしております、川島と申します。弊社は社名のとおりインフラを扱う会社ですね。社名はイノベーションインフラストラクチャーの略で、社会インフラにアップデートをかけていこうと挑戦しているスタートアップ企業です。
僕自身は今の会社を立ち上げる以前から、エネルギー業界やインフラ業界で長く仕事をしていました。現在はビジネスサイドから、弊社で「オフグリッド」と呼んでいる、“送電線や水道管などのグリッドに繋がなくてもインフラを自給自足できる世界”の実現を目指しています。

渡鳥:僕は5〜6年前に、バンライフという車で暮らす生活を始めました。家を持ち運ぶことができたらすごく楽しいのでは、という思いからスタートしたのですが、そのときにすごく参考にしていたのが無印良品の小屋なんです。無印良品の小屋に車輪をつけて運びたいと思っていて。

もちろんそんなプロダクトはないので、大きな車を自分で改装してキャンピングカーにして暮らしてみたら、それが意外と心地よかったんです。この車の中に寝心地のいいベッドや好きなものを詰め込んでいろいろな場所に行けるようになって、それが普及したらすごく楽しいだろうな、と思っていました。無印良品の小屋をずっと見ていて、いつかMUJI HOUSEさんと仕事をしたいと思っていたので、今回それが叶ってとても嬉しいです。

実際にバンライフを経験してみて、移動して生活しているとエネルギーや水がどうしても足りなくなってしまう場面があり、大きな課題だと感じていました。それこそオフグリッドのような技術があればいいのにな、と。そんな中で3年ほど前に川島さんと出会って、オフグリッドの実験をやりたいという思いから意気投合したんです。電気も水も自給自足できる仕組みを体当たりで作りはじめて、今に至るという感じですね。

川島:インフラゼロの暮らしが一体どういうものなのか自分達で体験するべく、2022年3月に山梨県の八ヶ岳に実証施設のラボを作りました。

そこは送電線も水道管も繋がず、全てを自給自足で暮らす施設になっています。一度使った廃水をどうやって処理していくのかなどの技術も自分たちで体験していて、それこそジョニーさんがシャワーに使った水を処理して、翌朝それで僕が歯を磨く、みたいな(笑)。我々が試すことで技術的にも運用的にも使えるというより強い確証を得て、今回のプロジェクトに持ち込ませていただきました。
ですので我々の関わり方としては、この「インフラゼロハウス」における水や電気などインフラ全般の設備の構成や、容量の設計などを監修しているのと、弊社が独自で開発した水循環システムは設備として納品させていただいています。

渡鳥:本当に人体実験をしている感じでしたよね。ジョニー水で歯を磨き、川島水でパスタを茹でる(笑)。その実験がこうして結実したという。

川内:お二人が自ら実証実験をしながら知見を増やしていると伺って、一見すると変な人たちだけど、私はすごく信頼できるなと感じたんです。学術的なことはwebを見れば出てきますが、作って暮らすことを実践しているところをぜひ見てみたくて、アポなしで八ヶ岳のラボを訪ねたんですよね。正直「本当は誰もいないんじゃないか」という思いもあったのですが、川島さんの金髪が目に入って。

渡鳥:我々はほとんどあの場所に住んでましたからね(笑)。

川内:自分の目で、オフグリッドを体験している人を見ておきたいと思って。実際に見たら実現できそうだという確信が持てたので、一人でこのプロジェクトを考え始めてみたんです。

川島:川内さんの頭の中には、今の「インフラゼロハウス」の形がすでにあったんですか?

川内:トレーラーハウスにしようと思ったのは、八ヶ岳を訪ねた少し後ですね。リゾート地に行ったりすると、すごく立地のいい場所が下手地のようになっていたり、誰かが住んでいたであろう場所が放置されていたりするじゃないですか。そこに住みたいと思って土地を破格で借りられたとしても、一から家を建てるのはすごくお金がかかるし、人里離れた土地に建物を建てること自体すごく大変なんです。道具を運ぶのも人が移動するのも大掛かりになってしまうし、そもそもその場所にインフラが必要になる。だからできあがった家をここに持ってこられたら一番いいな、と思って。そこにお二人が実験していたオフグリッドを組み合わせたら最高じゃん!と妄想していました。
そんな話を社内でちらっとしたら、「今は停電なんてなかなかないし、電気はどこにでも通ってるよ」という否定的な意見と、「それが実現できたらすごくいいね!」という肯定的な意見のどちらもありました。でも日本だけじゃなく世界的に、今のインフラへの不安感が増すようなニュースも増えているし、こうして完成した「インフラゼロハウス」の道をどんどん切り開いていけたらいいなと思っています。

電気だけでなく水もオフグリッドであること

川内:私は「どこでも自分の好きな場所に住めるっていいじゃん」という単純な発想からスタートしていますが、インフラ社は逆に「インフラは当たり前じゃない」という予見から実験をしていたわけですよね。この2つの考えが合わさったら、楽しいし人の役に立つ。そんな嬉しい発想の合体があった、という感じでしたよね。

渡鳥:そうですね。僕も10年以上「本当はこういう暮らしがしたい」という思いを、DIY精神でライフスタイルから作ることを体当たりでやってきました。でもそもそもなぜオフグリッドを実現しようとしているのかを遡ると、東日本大震災が起きた3.11が大きかったんですよね。当たり前に存在しているものや、安心安全だと思っていたものが、一瞬でなくなってしまう状況。そしてそんな状況が、自分が生きている間に起こってしまったということ。東京の脆弱さも一瞬であらわになったし、それでも社会全体が変わらなかったことも、自分にとってすごく大きな出来事でした。

渡鳥:そこから10年経ってコロナ禍に陥ったり、海外で戦争が起きていたり、気候変動も、色々なものが変化しているのに、社会を支える仕組み=インフラが全然変わってないなとすごく感じたんです。じゃあ変わっていく環境の中で影響を受けない暮らし方ってなんだろう?と考えたときに、インフラゼロとかオフグリッドみたいな“既存の仕組みに巻き込まれない自立した暮らし方”というものを、自分たちで作れないかなと思っていました。

川内:オフグリッドというワード自体は最近よく聞きますけど、それって電気のことを指している場合が多いじゃないですか。

渡鳥:特に日本だとそうですね。

川内:「この家はオフグリッドハウスです」と謳っていても大体が電気の自給自足のみで、それは太陽光と電池があればできるからそこまで難しいことじゃない。でも水もオフグリッドでというのは、私はラボを見るまで想像もしていなかったんですよ。インフラ社の水循環システムというのは、どういった経緯で生まれたんですか? 何か事例を見たとか、こんなことをしたかったとか。

川島:電気はグリッドとしての電線に繋がないのと同じように、水道が水道管に繋がっていない世界ってどんなものだろう、という思いが出発点です。水道管は蛇口から出てくる上水道の配管と、使った水が出てくる下水管の2つの管があるので、オフグリッドにするには2つの問題を解決する必要がありますよね。取水をどうするのかと、廃水をどうするのか。これをシンプルに輪にして繋げちゃえばいい、というのがスタートでした。

実現するための廃水の処理技術という観点で色々な技術面のリサーチをして、水循環システムに辿り着いた、という感じですね。ラボも水を循環して使い続けるというコンセプトはまずあって、技術的にもこれでいけるんじゃないかということで2年前からスタートしました。ただ、やってみるとなかなか難しいこともあって、実験する中で課題が出てくるたびに改善を重ねて、ようやく水質的にも水量的にもうまくいくようになってきました。

川内:実験の中で、水質検査をくり返しながら検証してきたということですよね。

川島:そうですね。定期的に水質検査をして、問題がないことを確認しています。

微生物の力を借りて、自然環境とともに生きる未来

川内:「インフラゼロハウス」の水循環システムは、いわゆる生物処理をされているじゃないですか。これが実は今ひとつわかっていなくて……フィルターを通したり殺菌したりする処理の仕方はわかるのですが、生物処理っていうのは具体的に何がどうなっているんですか?

川島:水循環システムを大きい機能に分けると、一つは生物処理。その後に膜処理、いわゆるフィルターで濾すんです。最後に殺菌をするという三段階に分かれています。
循環して水を使うということは排水をきれいにするんですけど、排水には人が介在するじゃないですか、シャワーを浴びたり、食べ物の食器を洗ったり。そうすると排水には豊富な有機物があるんですよね。有機物を膜で濾し取ってもいいのですが、膜がすぐにへたってしまうという問題もあって。そこで生物処理なんです。生物処理はまず微生物の力で有機物を分解するところから始めて、その後にフィルターで濾しています。

川内:なるほど、フィルターで濾せないこともないけれど、それだけだとすぐにフィルターを変えなければならないんですね。

川島:そうですね。それにフィルターだけだと水質的にも少し心許ないので、我々はハイブリッドというか、複数の技術を使っています。

川内:微生物やバクテリアと聞くと少し怖い感じがするじゃないですか。「手に付いても大丈夫なの?」とか。

川島:微生物って我々が気づいていないだけで、この自然界の至る所に存在しているんですよね。肌にもいたりしますし、有機物の分解も実際に現象として起きていて。生物処理というのはそれを我々の生活に“持ち込ませていただく”、力を借りることだと思っています。

川内:水の生物処理もバイオトイレも、微生物が頑張って働いてくれているんだと聞くと、だんだん可愛く思えてきますよね(笑)。

川島:おっ、川内さんもすでに微生物萌えを感じ始めてますね(笑)。

川内:使ったことがない人からしたら何を言ってるんだ?となるけれど、実際に使ってみたらこの感覚はわかるようになる気がします。

渡鳥:それが新しい感性というか、リテラシーみたいなものになっていくと思うんです。これから循環型社会になっていったとき、当然微生物といったものの存在を考えなければいけないですし。例えばキッチンで洗い物をするときに「この油をそのまま流しちゃったら微生物が可哀想だな」と思ったりとか、洗剤の量を減らしたりという行動につながってくる。

川内:昔の人が普通に持っていた、自然界への畏怖とリスペクトみたいなものを、現代人はやっぱり忘れていますよね。それをもう一度普通に感じて暮らすことで、結局自分に返ってくると思うんです。未来の暮らしは、ものすごく高度な技術の下で昔の精神構造に戻っていくものだと。

渡鳥:本当にそうだと思います。地球自体もそういった循環で成り立っているはずなんだけど、あまりに大きすぎて感じづらい。僕らが流した水一滴でどれだけ地球が変わるかはわからないですけど、「インフラゼロハウス」は地球の循環をギュッと小さく凝縮したようなものじゃないですか。自分の行いがすぐフィードバックで返ってくるからわかりやすいですし、その体験を通じて普段の生活をもっとちゃんとしよう、と思えますよね。そういう意味では、子どもの頃から「インフラゼロハウス」の暮らし方に触れておくのはいいことだと思います。

川内:ジョニーさんが“環境に左右されない暮らし”というのを話されてましたよね。「インフラゼロハウス」は色々な事象に左右されないものではありますが、日が出ているときや雨が降っているときなど、環境に合わせて暮らしをアジャストしなきゃいけない。例えば電気が減ってきたと思ったら早めに寝るとか、天気予報を頻繁にチェックするとか、逆に環境と自分が繋がっていく感覚が気持ちいいんですよね。
普段家にいると電気を消し忘れて妻に叱られることが多いですが、「インフラゼロハウス」にいたら絶対消します(笑)。そういう感覚は、これからの子どもたちにもぜひ体験してもらいたいですよね。こういった設備を幼稚園とか学校の校庭に置いて、そこで休み時間を過ごしたり、宿泊体験をしたり、キャンプ場に置いて泊まってみてもらうとか。その体験で環境への意識は変わってくるのではないかと思います。

川島:僕らは実験の生活を始めてもう3年目になるのですが、その感覚はすごくあります。太陽が照ったらこういうふうに電気を使おうとか、曇ったり雨が降ったら自分はこんな行動をしようとか。

川島:最初はそれこそ天気予報を見たり蓄電池の残量を確認したりしていたんですが、今となっては朝の窓から差し込む光でなんとなく感じ取れるくらいに進化しました(笑)。水も大体の水量が感覚的にわかるようになったので、そこにアジャストしていて、どんどんリテラシーが高まっている状態。
今ではインフラがあまりにも大きなものになっていて、スイッチを押せばつくものだと思いがちですが……ジョニーさんが言っていた環境に左右されない暮らしというのは、自分も含めた環境だ、という捉え方に変わっていくことが大事だと思っています。でもそれは決して我慢しなければならないものではなく、一つの豊かさだと感じられるかどうかですよね。

川内:自然環境を察知しながら暮らすことで、自分のリテラシーが上がることへの満足感はありますよね。今までみたいに集中型のインフラで暮らしていると、スイッチを押して電気がつくに至るまでにどうなっているか、なんて考えることもない。でも「インフラゼロハウス」で暮らしていると全部を把握しているので、大切にしなきゃと思えます。

一ヶ所に留まらない渡り鳥のような暮らし方

川内:私はこの「インフラゼロハウス」をメインに一年中住むというのは、現状の生活環境で考えるときついところはあると思うんです。なのでここは2拠点居住や多拠点居住の一つで、来たいときに来たらいつでも普通に暮らせる、そんな使い方からスタートしてもいいかなと。むしろそういう使い方の方が自然かなと思っています。そこからブラッシュアップして、「インフラゼロハウス」の暮らしの方が気に入ったらずっとそこで暮らしてもいいし。

川島・渡鳥:うんうん。

川内:お二人は八ヶ岳のプロジェクトがスタートしたとき、ずっとあの場所にいたんですか?

渡鳥:1ヶ月まるまるそこにいるかというと、そうではなかったです。でも今みたいな過ごしやすい季節の時は、ずっとここにいたいなーと考えたりしていましたね。

川内:今はリモートワークもできるし、出張もあるし、一ヶ所で暮らすというのが自然じゃなくなってきているじゃないですか。働く場所の範囲が広くなったときに、一ヶ所に留まっていることのほうがむしろ不自然な気がして。その時、そのときに最適な場所に移る方が効率もいいし、楽しい。だから「インフラゼロハウス」のような拠点がいろいろな場所にある生活というのは、すごくいいんじゃないかなと思っています。

渡鳥:もちろん住む場所は変えたくない、という人も多いとは思いますが、逆に一ヶ所に留まれない人も今までたくさんいたと思うんですよね。僕たちのように(笑)。そういう人たちがストレスなく暮らせる環境や社会環境が整っていなかったから、一ヶ所に住むことしかできなかった。でもテクノロジーが進んでリモートワークなどの環境が整ってきて、ようやく僕たちのような人が自由に飛び回れる、まさに“渡り鳥”できるようなライフスタイルが叶うんじゃないかと。僕らにとっては追い風の時代だなと感じています。

本対談の後編は近日公開予定です。お楽しみに。

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