Night Changes...
今日も昨日と同じ日々だった。
暗闇のなか家を出て、夜勤のアルバイトをして、陽が登り始めた頃に家に戻る。
今回の夜勤が始まってから2週間ほどになり、ようやく慣れてきた頃だ。
そうは言っても身体を騙し切ることは出来ず、いつも何となく体調は良くない。
朝に寝ても熟睡できず、昼頃に起きて、また夕方に少し寝る。
12時間の逆転した生活は、頭で考えていた以上に難しく、まだ普通の日常になってはくれない。
深夜のこと、休憩時間に別の仕事で来ている作業者のひとりと話をした。
僕がライターを貸したことがきっかけだった。
以前も1度話したことのあるその彼は、外国人だった。
かつての格闘技イベント「K-1」で一世を風靡した、アンディ・フグを小さくした見た目の彼は、笑うとお茶目な青年だった。
僕たちは、日本語で会話をする。
日本に来て日本語を学び、日本で働いている。
仕事の専門用語も使いながら、日常のコミュニケーションも取れる。
そんなこと、自分だったらと思うと、本当に尊敬する。
僕は彼への敬意も込めて、出来るだけ分かりやすい言葉遣いで、ゆっくりとはっきりと話すように心がけた。
僕らのタバコが2本目になった。
彼は、気を許すとお喋りで優しい人物だった。
日本人相手だと初対面で警戒されがちな僕は、日本人よりも外国人の方が好きだったりする。
自分でも気づかなかった、意外とフレンドリーで積極的な自分を発見できるからだ。
僕のような髭面の怪しい風貌で、国籍不詳な見た目だと、日本人(特に女性)は警戒するのも分かる。
でもそれって結構悲しいし、いつも傷つく。
僕のことを最初から受け入れてくれる人って、嬉しいもんだ。
(外国人とHSPの人以外には、警戒を解いてもらうのにいつも時間がかかる)
まあ、海外には僕みたいな風貌の人も少なく無いから、意外と純和風顔の日本人よりも親近感があるのかもしれない。
彼はパラグアイから来ていた。
パラグアイは南米の中央に位置する、海のない国だ。
なんで知っているかといえば、高校の時に地理の先生が話していたからだ。
「ウルグアイ・ラウンド」という、今となっては名前しか覚えていない、経済的な取り決めが南米のウルグアイで宣言された。
その先生は毎度「ウルグアイに海があり、パラグアイに海は無し」としつこく話をしていた。
僕にはそんな程度の知識しかない、パラグアイから来た彼だった。
僕と彼は、夜勤の辛さをお互い語っていた。
朝に帰ってもうまく眠れないってこと。
食事のタイミングがずれて、いつ食べるのが正解なのかってこと。
夜勤の仕事だからって、給料が特別いいわけではないってこと。
彼は僕に聞いてきた。
「朝帰ってからは仕事ないですか?」
はい、僕は寝るだけですよ。
「いいですね、私は少し寝て昼も仕事です、辛いです。」
「仕事は毎日ここだけですか?」
そうですね、夜勤だと他でなかなか仕事ないです。
「いいですね、私はここ以外も働きます」
彼は深夜に道路の穴を掘り、内部をコンクリで固める仕事をしている。
機械では出来ない場所だから、人力で行っている。
そして、そういった危険できつい場所は、外国人が作業している。
その彼らの監督者は日本人。
不景気で元気のない日本でも、未だに外国人労働者をこうやって使っている。
僕は複雑な会話をすることも出来ず、励ます上手い言葉も伝えられず、休憩時間は終わった。
ライターを忘れてきた彼に、僕のライターをよかったら、と渡した。
そんな彼は、僕に向かってとびきりの笑顔だった。
今日は、ほんの少しだけ早く仕事が終わった。
とは言っても、始発の列車がもうすぐ通過する頃だった。
僕は空が白けてくる頃、バイクで家に向かった。
バイパスを走る途中、どんどんと明るくなる空が嫌だった。
また夜が過ぎていく。。。
朝になったらまた、今日の繰り返しが始まってしまう。
完全に明るくなる前に、家に着いたら僕の勝ちだ。
そんなゲームをいつも一人でしている。
帰り道の途中でコンビニに寄り、出勤前のサラリーマンに混じって安い酒とつまみを買う。
変な目で見られるのにも慣れた。
家に着き、一息ついてから洗濯機を回す。
今日は洗濯をして、ちゃんと湯船に入って、シーツを変えたベッドで眠る。
それが今日の目標だった。
タバコを吸い、携帯を見ていると、ワン・ダイレクション(One Direction)のリアム・ペイン(Liam Payne)が亡くなっていた。
僕は洋楽好きだが、彼らのようなジャンルは殆ど聴かない。
でも彼の名前を知っていたし、僕は同じメンバーのゼイン・マリクのファッションや髪型が好きだった。
そして、彼らの曲で唯一何度も聴いていたのが「Night Changes」。
前職を辞める以前、この曲を出張先でよく聴いた時期があった。
彼らのような若く可能性しかないグループの曲にしては、僕が聴いても心に響くものがあった。
時間はあっという間に過ぎていく、それに気づいたから今を懸命に生きる。
だけど変わらないものもあるよね、それが僕と君さ。
そんな、ありきたりだけど普遍的なメッセージの歌詞が好きだった。
31歳で亡くなるなんて、何が理由だって早すぎる。
そんなことを思いながら、もう朝日が差しこむ部屋でぼんやりとタバコを吸っていた。
僕はただその日を繰り返し、もう40歳も半ば。
煌めく夜は瞬く間に過ぎ去り、圧倒的な朝に愕然とする。
僕たちはただ年を取っていくだけだね、ベイビー。
本当に大人になれているのだろうか。
最近そんなことを考えているよ。
君は不安で気がおかしくはならない?
夜が過ぎていく早さに。
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