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はばのり
第一の目的の美鈴で和菓子を買ったら、猛烈にお腹がすいたことに気が付いた。第二の目的地に向かう前に腹ごしらえをしよう。
私が鎌倉に来た時にお昼を食べるところは、だいたい決まっている。平野のラーメンかなかむら庵の蕎麦か檸檬のカレーかふじいのランチ。新規開拓したいところは山々なのだが、なんせ胃袋は一つしかないので、いつものところでいつもの味にホットして終わる。そして何よりもこのコロナ禍で一生懸命頑張ってやっている個人のお店を潰されたくないので、どうしてもお気に入りのお店でのお昼を選択してしまう。
今回も直前までいつもの選択をしようとしていたのだが。。。。。
そう、鎌倉は今年開催されるかもしれないかどうかわからないが、この小さな町に新しいホテルがあちこちにできている。その一つがホテルメトロポリタン。ここにMUJI CAFE が入っている。一度入ってみるとするか、MUJI CAFEには他のところでも行ったことはない。
まず、入口で手指を消毒し、案内されてカウンター席に座る。密を避けたゆとりの空間には、のんびりと食事を楽しむ人がそこそこにいる。そこだけを切り取れば緊急事態宣言下であることはわからない。これが目に見えない新型ウイルスと暮らす日常なのだ。ここで、和風カレーを注文し、別トレーに盛られたサラダをお代わりし、すっかり満腹になった私は、店内の無印良品を一周見て回り、駅へと向かった。
江の島方面に行くとする。この日はバスにした。久しぶりに鎌倉山から相模湾を見降ろしたかった。同じ相模湾を見るのに、江ノ電の中から見てみたい時とバスの中から見てみたい気分の時がある。そして、龍口寺で降りるまでの道程を楽しみたいというそんな気分があるのだ。
Tの運転する車で何度も通ったあの道程を、風や光を、もう一度思い出したいのだ。しかし、あの日はもう二度と巡ってくることはない。鎌倉山の動物病院に行くにはこの道から入るとか、この郵便ポストから入るとメンタルホスピタルに行けるとか、何年たっても覚えているものだ。多分これは私が認知症になったとしても、ここを通ると思い出すであろうはずの記憶、消すことのできない記憶になっている。
バスは頂上の雷亭の前を過ぎ道は下り坂へと向かう、相模湾を見下ろせるお洒落なカフェ、「ここは私には縁がないおみせね。」なんて独り言を言っているうちにバスは鎌倉山を出て、ほどなくアナウンスが鎖大師を告げる。「鎖大師は、Tと一緒にお札を授けてもらいにきたわね。」「たしか、ここは思いのままという梅の花が咲くんじゃなかったかしら?」と、一度だけしかお参りしたことがなかったのに、目に焼き付いた記憶が悲しいほどにあぶりだされてくる。
鎖大師から西鎌倉、片瀬山へと向かう。ここら辺は道路とモノレールとの間隔が近いしスピードもそこそこにあるので、スリル感も十分にある。
そうこうするうちに龍口寺に着いた。目的地の浜野水産は龍口寺から境川に出て山本橋ちかく川沿いにある。
12月でシラスが禁漁に入ると、はばのり作りが始まる。1月中旬から半月あまり、ほんのちょっとだけつくられるはばのり。私はこれを楽しみにしている。ほんのちょっとあるように、そんなに採れない貴重なもの。普通の海苔のように養殖されているわけではなく、岩場に生えているはばを海苔のように広げ天日で干してある。横須賀や千葉でも採れる。私は2度ほど横須賀で採れたはばのりを買って食べた事がある。
軽く炙ってたべるのだが、磯臭さがガッツリと感じられる。岩場にしっかりとこびりついた磯臭さが好きなのだ。これには熱燗の日本酒があう。
さすが、横須賀や千葉迄出向いて買うというのもエネルギーが必要だし交通費もかかる。ネットでたまに見かけるものは、驚くほど値段が高い。いつも釜揚げシラスを買いに行く浜野水産がはばのりを作っているのを知ってからは、はばのりも一年に1回の楽しみになっている。といっても、浜野水産で買うのは2年目だけれども。
このはばのりが終わり、2月になると腰越・江の島はわかめ漁のシーズンとなる。
西浜へと向かった。
土日の荒天で、富士山に雪がしっかりと積もっているはず。そう、今年の富士山は雪が少なくどうしたものかと思っていた。福岡の友人にもラインで雪の少ない富士山の写真を送ったらびっくりしていた。特に暖冬というわけでもないのに雪が少なかった。なぜだろう?活火山だから、もしかして山頂はその影響?と一人で疑問に思いながら富士山の山頂にかかる雪を確認した。
さあ、私の体の隅々奥深くまで、鎌倉の空気を吸い込ませ(江の島は藤沢市だけど)どれだけもつかはわからぬが、暫くは私の心はバランスを保てることができるはずと言い聞かせて、まずは心に一枚鎧をつけて、片瀬江ノ島駅から私は家路についた。