『オニキス』#03

翌朝目を覚ますと、まだ公園にヒトが来ていない時間でした。雲は少なく、気持ちのいい朝です。
カラスは住処から最も近い水飲み場まで飛んで行き、朝の水浴びをしました。
そのまま、ヒトが来ないうちに公園内の宝探しをしようと考えたカラスは、芝生の上をちょんちょんと歩き回りました。

噴水のある池の近くまで来ると、カモの親子が列になって散歩をしているところでした。

「あらカラスさん、おはよう。ほらみんな、挨拶なさい!」
「おはよう!」
「おはよう!」
「おはよう!」
「おはよう!」

カモの奥さんはとても人当たりが良くて、子どもたちも素直で可愛らしいので、カラスは親子のことが大好きでした。
挨拶を返して、カラスはまた歩き始めました。

太陽が完全に顔を出して、公園にはちらほらとヒトの姿が見えるようになってきました。
カラスはこのくらいの時間になると、いつもベンチで本を読んでいるおじいさんのところへ向かいます。
おじいさんは本に夢中なので、カラスのことは気にも留めません。カラスはそれをいいことに、おじいさんの右側の背もたれにとまって、彼の腕時計をゆっくりと眺めるのです。
この時間はなんとも心地いいもので、おじいさんが文庫本を十頁ほどめくる間じゅう、カラスは微動だにせず腕時計に見入っていました。
レザーのベルトは深みがあって、どれだけの時を刻んできたのかを物語っています。文字盤の奥には無数の歯車が複雑に絡み合っていて、もしかして宇宙の真理はこの時計にあるのではないか、などと考えるのでした。
じゅうぶんに堪能すると、心の中でおじいさんにお礼を言って、カラスはまた歩き始めました。

なかなか収穫が無く、そろそろ住処に戻ろうかと思ったとき、正面からヒトのメスがずいぶん低い姿勢で這うように進んでくるのが見えました。
真っ赤なロングスカートに白いスタンドカラーのブラウスを合わせた、渋谷ではあまり見かけない雰囲気のヒトです。
年齢は、たぶん大学生くらいでしょうか。
一心不乱に芝生を這い回る姿になんとなく気圧されてしまい、カラスは住処に戻るのを諦めて渋谷駅前へ飛んで行きました。

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