『オニキス』#01

ヒトが溢れかえる大都市渋谷で、カラスはいつだって一人でした。

ある日の昼下がり、山手線のホームの屋根から、カラスは渋谷の街を見回しました。今朝は雨が降ったので、そこら中に水溜りができています。ビルの谷間は、怪盗が宝石をばらまいたみたいにぎらぎらしていて、思わず目を細めました。

カラスは美しいものが好きでした。

ハチ公の頭上に降り立つと、待ち合わせをしていたヒトたちが眉間に皺を寄せてカラスを一瞥しました。
カラスはそんなのには慣れっこなので、何も思いません。むしろカラスは、ヒトのことが好きでした。
いいえ、羨ましかったというほうが正しいかもしれません。
ヒトはいつだって、美しいものを身に纏っています。特にメスは、指先からまぶたの上まで、それぞれ違う煌めきに包まれています。
カラスはいつもそれをうっとりと眺め、「ああ、ぼくもこんなに綺麗になれたら」と思っていました。

あるヒトのメスのところへ、オスが手を振りながらやってきました。

「お待たせ!」
「あ〜っ、やっと来たあ」

メスはぱっと笑顔を作り、甘えた声を出しました。

「もう、おそいよ! なんか大きいカラスいて本当こわかったんだよお」
「渋谷はゴミが多いからなあ、格好の餌場なんだろうね」

こんなことを言われるのだって慣れっこです。カラスはハチ公を後にしました。

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