断乳はつらいよ 〜子離れの第一歩〜
昨晩から断乳を開始した。
娘はもちろんだが、想像以上に私の気持ちがかき乱されているので、心を落ち着けるために、今の気持ちを正直に書き出したい。
断乳までの道のり
手作りの“おっぱいカレンダー”を準備して、断乳開始日に花丸をした。1か月前から毎日、娘にカレンダーのその日の日付にシールを張ってもらい、「この日(花丸を指して)におっぱいバイバイだからね」「ママも麦ちゃんもゆっくりねんねできるように、おっぱいバイバイしようね」「それまではおっぱい飲んでいて大丈夫だからね」とお話ししていた。
この一か月間、旅行等も重なって、毎日きちんとおっぱいカレンダーにシールを貼れたわけじゃないけれど、娘はカレンダーの存在を覚えていて、夜になると自分から、カレンダーにシールを貼る!と伝えてくるようになっていた。
さらに、娘は花丸を指さして、「おっぱいバイバイ」と言うのだ。意味が分かっているのかな、と毎回切なくなった。
断乳を控えた昨日の日中は、とにかく愛情いっぱいにすごした。娘の目をいつも以上に見て、おっぱいも好きなだけ飲んでもらった。
「おっぱい」と言いながら、満面のキラッキラの笑顔で私に駆け寄ってくる娘。本当におっぱいが大好きなのだなと思うと、切なくて、「今日でおっぱいバイバイね」は日中には言えなかった。
娘のためというより、私が寂しすぎて、言えなかったのかもしれない。
ついに、昨晩、断乳の夜がやってきた。
おっぱいカレンダーの花丸を書いた場所に、娘の手でシールを貼ってもらった。最近お気に入りのにゃんにゃんのシールを2枚張った。
私は娘に「今日の夜からおっぱいバイバイね」と伝え、娘も「おっぱいバイバイ」と言った気がする。
そして、娘に見せながら、乳首にバンドエイドを貼り付けた。娘に「貼ってくれる?」とお願いすると、「ペタッ」と言いながら、貼り付けてくれた。娘の大好きなおっぱいは、どこかに隠れてしまった。
おっぱいがないと、どのように寝かしつけて良いか、私はまったく分からなかった。娘は寝転がるどころか、トントンも背中かきかきも、させてくれなかった。
全力で身をよじりながら泣き叫ぶ娘に、おっぱいを持たない私は、全くの無力だった。
何度も「ごめんね」と言いそうになったが、堪えた。代わりに私は「大丈夫だよ」と消えそうな声で呟いた。
でもそれ以上、申し訳なくて、切なくて、子守歌を歌ったり、声をかける元気が出なかった。代わりに夫が、「ねんねんね~」と後ろから声をかけてくれていた。
おっぱいをあげれば、娘は一瞬で安心して眠ることができるのに、私は何をしているのだろう…
おっぱいが無い私は、娘を安心させてあげられる存在ではないのか…
そういう思いがこみ上げてきて、涙が出てきた。
夫が抱っこを代わってくれた間、久しぶりに声を上げて泣いた。
2時間の格闘の末、縦抱っこで私の肩に頭を預けるかたちで、娘は眠った。
このあと、深夜にもう一度起きて、同じように1~2時間格闘し、夫の抱っこ紐のなかで、娘は再び眠った。
娘と私を結んでくれたおっぱい
娘が生まれてからのこの1年半の生活は、おっぱい抜きでは語れない。
娘が初めておっぱいを加えたときのことが思い出される。確か左のおっぱいだったように思う。娘は産まれた翌日からすぐにおっぱいに食らいつき、同じ病棟の誰よりも上手に飲む子だった。助産師さんにも、「よく出るおっぱいですね」「おっぱいだけでここまで大きく育てられたなんてすごいですね」と何度も褒めていただけた。
娘の生命力、特におっぱい力のおかげで、乳腺炎等のおっぱいの悩みはほとんどなかったし、娘の成長も順調すぎるほどだった。
1歳を過ぎて、歩けるようになり、言葉も少し話せるようになると、「おっぱい」と言って、弾ける笑顔で私の胸元に寄ってきた。
泣いてもおっぱいを咥えると、一瞬で落ち着いた。
おっぱいを咥えながら眠る娘の寝顔は、私が人生の中で見たなによりも愛おしいものだった。
お娘ちゃん、っぱいを沢山飲んでくれて、愛してくれて、ありがとう。
おっぱいも、一生懸命頑張って娘ちゃんに応えてくれて、ありがとう。
娘ちゃんと、私のおっぱいのお陰で、この1年6か月、私は娘とものすごく近い距離で、いや、ぴったりとくっついて一心同体となって過ごすことができた。何にも代えがたい日々だった。
なぜそこまでして断乳するのか
昨晩、何度もおっぱいをあげられれば…と思った。
なぜそこまでして断乳をしようと決めたのか。(決めた、と言っても断乳当日まで、「本当にやるのかな…」という優柔不断な気持ちだったのは否定できない。。)
それは、1つ目は娘との新たな関係性を築いてみたいと思ったこと、2つ目は鼻詰まりのときな寝かしつけが困ること、3つ目は次の妊娠を考えているからだ。
1つ目の、おっぱい抜きの新たな関係性について。
私の育児は本当におっぱいを中心にしたものだった。だから、娘からすると、ママ(私)≒おっぱいだったと思う。そんな私が、おっぱいに頼らずに、娘と信頼関係を築いてみたいと、時々思うようになっていた。
また、おっぱいという最強ツールを持つからこそ、娘からすると私と夫との差が歴然とあり、このために夫が娘との関係づくりを少し諦めている部分もあるのかなと感じることもあった。
おっぱいが無い世界で、娘と親である私たちの関係を新たに築いていくことが、不安でもあり、少し楽しみなのだ。
(昨晩は、おっぱいが無い私との信頼関係なんてゼロなんじゃないか、と思ってしまい、とてつもなく落ち込んだが…)
3つ目の、次の妊娠について。
娘は体外受精で授かっている。次回の妊娠も、凍結受精卵を移植して進むつもりだ。お医者様からは、生理が来たら病院に来てねと言われているので、今のままでは次の妊娠は望めない。
ただ、娘の妊娠出産はものすごく大変だったこともあり、大量出血で私は生死を彷徨ったので、正直次の妊娠を決めきれていない。
ただ、2人目を産まないという決断はもっとできなきので、ひとまず前に進みたいとおもった次第だ。
これからの娘との向き合い方
娘は今日は一時預かりの保育園にお願いしている。朝は、娘の調子が整ってからと思い、いつもよりゆっくり家を出た。
朝イチの娘は、全然私に近づいてくれず、笑顔も見られなかったが(寝不足もあると思うが)、1〜2時間経つうちに、手を掴んでくれたり、「ママ」と呼んでくれたり、少しだけ笑顔が見られた。
娘が帰ってきたら、思い切り抱きしめてあげたい。娘の目を見て、「大好きだよ」と伝えたい。
おっぱいが無いので、より能動的な愛情表現が必要になるように思っている。なんとなく伝わるだろうじゃなく、「私はあなたが大好きで、ずっと味方だよ」と色んな方法で伝えていきたい。
最後に
断乳は、子離れの第一歩、な気がした。
この断乳が成功するかはまだ分からないけれど、いずれ娘は親の私の元から、少しずつ自立していく。断乳は、娘が生まれてから初めての、自立の一歩なのだと思う。
それをこちらのタイミングでやってしまうのは本当に申し訳ないけれど、数カ月後に延ばしてもきっと同じ状況と心境だろうから、いま思い切って、卒業したいと思う。
今晩も、踏ん張ろうと思います。