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一緒に住もう

わたしは大がつくほど虫が苦手だ。
どの虫、とかではなく、すべての虫が苦手だ。
小さい頃は普通に触れていた虫も、今は蝶々やトンボですら見るだけでゾワゾワしてしまう。

今の彼と結婚してマンションに住んでいた夏の出来事。
わたしは基本的にソファか布団の上で寝転がっているのでテレビを見るか天井を見てぼーっとする時間が多い。
夕方、なんとなく天井を見上げたら、ぼやけた黒い点がカーナビのような動きをしていた。
わたしは目が悪いので家の時はメガネで過ごしている。その黒い小さな点を確認しなければならないのでメガネをかけなければならない。
なんとなく、かけなくても、確認しなくても、なんとなく、何かわかっていたんですよね。

嫌だなぁ、絶対あれじゃん、今家にひとりだし確認したところでどうすんのさ。と、しばらくぼやけた黒い点から目を離さなかった。見失う方が恐怖なのだ。

しばらくぼやけた黒い点を見張っていたら彼が帰ってきた。
わたしはぼやけた黒い点から目を離さずに天井を見たまま寝転がりながらおかえりと言った。ようやくローテーブルに置いていたメガネに手をのばしメガネをかけた。
そう、やはり小さな蜘蛛だったのだ。
蜘蛛のなにが厄介かって、蜘蛛は殺したらダメと小さい頃から父に言われてきているので、なぜ蜘蛛はダメなのか理由も分からないまま26歳になっていた。結局なぜかは分からない。調べろわたし。


目を合わさないわたしを見て彼は

「あのぉ、帰ってきたんですけど」

「そのまま上を見て」

「あ、蜘蛛じゃん」

「外に逃してあげて」

「え?なんで?一緒に住めばいいじゃん」ニコっ

「無理に決まってるやんバカなんか」


虫嫌いは常に最悪の状況を考えてしまうんですよ。今天井をよちよち歩いている蜘蛛が突然わたしの顔に落ちてきたら、寝ている間にわたしの顔を歩き出したら、とか。

「僕ひとり暮らししてる時蜘蛛いても家にいさせてあげたよ、縁起がいいんだよ」ニコっ

知ったこっちゃねーわ。蜘蛛と暮らして縁起がいいならみんな蜘蛛と暮らしてるわ。
無理やってぇ…無理やってぇ!!と旦那に縋り付くような体勢で外に逃すようにお願いした。

蜘蛛はなにもしてこないから大丈夫だよ、ニコっと優しい笑みを見せて手を洗いにいった。
さっきから妙に鼻につく笑みはなんなんだろう。
今のその笑顔はわたしにはサイコパスの笑みに見えるからやめていただきたい。

蜘蛛は害虫を食べてくれるらしく、それを聞いた時は確かに小蠅今日見てないなと関心したが、だからと言って一緒に住むには賛成ではない。

今思えばスパイダーマンも悪者をやっつけるんだよな、全体的にスパイダーっていい奴なんだな、と思う。え?タランチュラもいい奴なのかな、調べろわたし。
悪者からすればスパイダーマンが悪者かもしれないが。え?それなら害虫からすればスパイダーは悪者か?いやもうなんでもいいわ。

それから天井をよちよち散歩する小さな蜘蛛を横目に夕飯を食べた。
ほんとにずっと天井の同じところをよちよち散歩しているだけだったのですぐに気にしなくなった。

夜寝る時にはすっかり忘れていた。

次の日の朝、小さな蜘蛛はいなかった。
もう外に出たんだろうと思い、今日もソファでテレビを見ていた。うたた寝をし、夕方前ぐらいに目が覚めるとまたぼやけた黒い点が見えた。
一体この時間までどこを散歩していたのだろうと今度はすぐにメガネをかけた。
しかしやはり見ている分にはゾワゾワする。
危害は加えてこないので気にせず過ごし、彼の帰りを待った。
夜、彼が帰ってきて、わたしにただいまと言い、すぐに天井を確認し、もう一度ただいまと言った。

わたしはこのような人間を本の世界でしか見たことがなかった。
本の世界では心優しい人間、恩が返ってくる物語。で成立しそうだが、わたしはそこまで心が綺麗ではないので冷ややかな目で彼を見つめた。

「ね、大丈夫でしょ?」にこっ

だからその「にこっ」今すぐやめてくれ。

3日目、今日は朝から天井を散歩していた。
愛らしさなどの感情は全く湧かないが別に嫌でもなかった。
夕飯の準備をしていた時、上の棚の鍋を取ろうと手をかけた時、バサっと小さい黒い物体が少し手に触れ下に落ちた。
わたしは普段大きな声は出さないがすぐにあの蜘蛛だとわかり「きぇあーーーー!!!」と叫び彼に早く帰るように連絡し下を確認した。
シンクのところに蜘蛛が落ちていて、天井と違って至近距離だったので足の感じとかが間近で見えるので今度は小さい声で「無理無理無理無理無理やってぇ」と調理中の食材を全て冷蔵庫に入れキッチンから出てソファの上に立っていた。
彼から返事がきて、そんな理由ですぐ帰れないよ〜大丈夫?頑張って!と連絡が来た。
なぜだろう、文章なのに彼のニコっとした顔が浮かびあがり少しイラっとした。

しかし本当に触れなくて、至近距離だと見ることもできないわたしはとりあえずそのまま寝転びキッチンを横目にテレビを見ることにした。
横目にしたところで蜘蛛は見えなかったが。

彼が帰宅するまでわたしは動けなかった、正しくは動かなかった(?)
彼が帰宅後、キッチンの様子を見てもらった。
どうやら今度はキッチンの天井を散歩していたらしい。
ご飯を作るのを放置したわたしを見てさすがに可哀想だと思ったのか脚立に乗って、天井の蜘蛛をそっと手のひらで包み込みベランダから逃してくれた。

「ごめんね〜」と彼は言っていた。

こんな心優しい人がなぜわたしの旦那なのだろうと思う。

わたしも少し優しい人間になろうと思い、家の中から

「もう帰ってきたらダメだよ〜」と言った。

正しくは「もう帰ってこないでね」だった。

苦手なことを受け入れるのは優しさなのだろうか、優しいってなんなんだろう。

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