小説「死ぬ準備」⑤
増殖は死の臭いがする
人間も、気がついたら七十六億以上に増えていた。国も二百近くあるだろう。厄介なことだ。だれも深刻に考えていないだろうが、食糧難は目前に迫っている。戦前戦後の混乱期を生きた軍国少年世代にはそれが分かる。いや、あんなもんじゃすまない。もっと酷い。
コロナ程度でコンテナの奪い合いになっている。船もない。需要減と受注価格低下にウンザリして日本の造船業は撤退した。そのぶん韓国や中国の造船関係が伸びた。鉄を多量に使う。入居の見込みも立たないのに、五十万巨大都市をいくつも造った。日本大震災が最大のチャンスだった。日本人を大幅に受け入れればいい。勤勉で合理的に働くことが好きな民族だから、中国人も変える。巨大都市は栄える。鉄やコンクリートはふんだんに使って呉れる。
でも目録が外れた。だれも中国に渡らなかった。満州棄民も今度は満州からの追い出しも見果てぬ夢だ。全て狂ってしまった。国内事情だっておなじ様なものだ。四井造船なんか下請けも固い。旧造船の重役宿泊用ホテルまで売却した。もう余計な設備は不要なのだ。
「そう思わんか」
「まあな」
東京では超高層ビルは建ち並ぶ。街は美しい。でも最近はめっきり人が歩かなくなった。コロナの関係もあるだろう。それだけじゃない。出勤そのものが不要である。仕事は期日までに仕上がればいい。自宅でパソコンがあればこなせる。そのうち仕事もなくなる。AIと外注で充分こなせる。高い家賃払って事務所を維持する意味がない。
高層マンションも売れなくなった。高層に棲むと血圧が騰がる。精神が不安定になる。生き物は高層の閉鎖的な場所に住み馴れていない。地震があれば建物は大きく揺れる。ビル酔いする。郊外地の一戸建てへ脱出する。生き物は敏感なのだ。
都会から逃げ始めている。
いまに、美しい廃墟になるだろう。
資源も枯渇する。環境破壊も進んでいる。古いインフラは当然の如く劣化する。道も街も。車が走らないのはなぜか。ガソリンは高くなり高速道路は劣化してる。そのうち電気も止まる。都会の動物
園では動物が餌を貰えないから死ぬ。人間もそうなるだろう。
放っておいても生き物は死ぬ。間違いなく死ぬ。もともと死とは仲良しなのだ。なのに死を嫌う。始めあれば終わりありだ。種は絶える。或は別な種と交代する。そんな運命にある。そう覚悟して生きれば楽なのに、人は永遠に拘る。
権威や権力にも。
そんなものは経過的なものだ。
時代と共に入れ替わる。
なぜ人間は命に拘るのか。実は、移ろいゆくものの姿をみてるからだ。輝く緑も夕べには萎えるのを見ている。四季がある。季節は巡る。日本人は永遠なんて実は信用していない。全ては終る。
でも宗教家は免罪符を刷るのが好きだ。
新興宗教の教祖はやたら本を出版する。
そして信者に買わせる。印税で儲かる。
人間は弱いから宗教に頼る。権威が必要なのだ。でも権威は常に堕落する。世界宗教みれば分る。ああ、またあの世界的巨大宗教で悪いことが露見した。難儀なことだ。また同じような誤魔化しをするだろう。
誰も知っている。気づかなかった振りをするのは巨大な信用構造が壊れてほしくなから。壊れたら世界中が混乱する。混乱が起きる。戦争も起きるだろう。家族がばらばらに壊れるのをみたくない。家族は最後の支えなのだ。最後まで守りたい。だから権威が崩壊するのを止める。
でも賞味期は切れている。
なにも死に急ぐことはない。踏ん張って生きることもない。気楽に生きよ。抵抗するな。成行きに任せろ。奔流からは離れる。淀む淵に辿りつけ。そこでは百年水はとど凝ったままである。泥水でも命を救う。
権威は権力になりたがる。死刑の執行をできる立場に立ちたがる。職権を利用して、合法的にしろ、人間がどんな死に方をするかみたい。どうぞ。どうぞ。それはあなたの権利である。執行者で命令者あるいじょう、間違いなく、どう殺されるかを確認する義務はある。十参人纏めて殺すなんてそうそうない。稀有のチャンスである。権力者だからできる。権威でまぶすと腐りにくい。死刑囚は命乞いなどしない。たぶん。
なあ、そうだろ。ちがうか。
煩んだよ。早く寝ろよ。小金もち。
はは、貧乏人がごねてる。そうだおれはそこそこの資産家だ。そうなれたのはな、お前みたに、重さも形もない、屁のようなものを扱って来たから。おれは主さも形もある、耐用年数のあるものを扱ってきた。だから小金持ちに為れたんだ。わかる?
今からでもいい、重さのある商品を扱え。
聞えたか?
・・・
私は返事の代わりに受話器をおいた。酔っ払いとは話したくない。
つづく