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体力や行動力では若者に負けるが、波乱万丈な人生と忍耐力なら若者に負けない!

そう思って85歳を迎えた。長生きしたもんだ。父親は40歳で死んだ。徴兵検査も日本帝国陸軍甲種合格組である。

尋常小学校高等科を卒業し、鹿児島の離島では食えないから兄を頼って上京し高島屋の丁稚になった。二十歳で徴兵検査を受け甲種合格で新兵訓練期間を経て台湾軍に入隊した。霧社事件が起き、平定に駆り出された。

平定後も台中州能高郡警察官として霧社に居ついた。その霧社で私は生まれた。もと首狩り族「高砂族」(正式にはタイヤル族霧社蕃)の棲む霧社である。

首狩り族といえば怖いが、日本の武将だって首狩り族みたいなものだ。勝ち負けは敵の首級を揚げることで決めた。介錯も首切りだ。首切り朝右衛門は首切り家の名門である。

いまでも不況のなれば、雇い止めと称して経営者は纏めて何百人の非正規社員を馘首する。解雇整理である。これは集団馘首である。こわっ。

そんな台湾霧社で私は生まれた。そのものずばり上記が自己紹介である。他にも夢亥卓也の頁にはいっぱい書いてある。もう書き飽きた。

ところが5日にはパソコンがぶっ壊れた。エクスプローラーはやや、吾輩にに非協力的だ。というより、反抗的である。ガンをを飛ばしまくっている。

いかに老人でもその気になりゃ、パソコンごとぶっ壊すくらいの腕力は残っている。でも、ならぬ堪忍なすが堪忍と、パソコンをなだめすかしなんとかすこし動くようにした。

堪忍袋の緒が切れ、パソコン蹴飛ばしたら、困るの吾輩なのだ。いや貧乏爺さんである。月10万程度の年金じゃ、食うのが精いっぱいだ。隠忍自重すれば、パソコンも機嫌を直し、このように書けるようになる。      つづく


一難去ってまた一難

実はハードデイスクも壊れていた。完全に。過去十余年書き溜めた原稿が消えた。文字数にすれば何百万字ある。DVDにもバックアップは取ってあるが、探すのは絶望的に困難である。でも暇を見つけて探索する。

長生きするために。鍛錬である。

まさか原稿が天の岩戸に隠れてしまうとは思ってもみなかった。

ワードもエクセルも開かない。

いまにみていろよ。Gが目を吊り上げて怒り狂うか、恥も外聞もなく、機嫌直しの「機械コチョコチョ」をするか。

泣くのも笑うGのコチョコチョである。堪えられるかな。

このようにしてここに、自伝を書きます。題名は「南京虫」。南京虫知ってますか。蚤・シラミ同様伝染病媒介の王様。戦前戦後の混乱期にはいっぱいいた。何処にもいた。学校では授業を放棄して、陽だまりに、裸になった、ノミ・シラミ、南京虫の退治に頑張った。    

佳境に入ったらここも継続有料になります。みてね。せんぱいの多くが味わった戦後混乱期の悲惨な、でも懐かしい体験を語ります






いまに


さらに



いかに自己紹介

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夢亥卓也86歳-生きた、頑張った、まだ生きる
満85歳。台湾生まれ台湾育ち。さいごの軍国少年世代。戦後引き揚げの日本国籍者です。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び頑張った。その日本も世界の底辺になりつつある。まだ墜ちるだろう。再再興のヒントは?老人の知恵と警告と提言を・・・どぞ。