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無貝寸劇 『G線上』


張りつめた線が弾ける音がした。

僕は、パースが狂った立方体の部屋に突っ立っていた。記憶を辿るまでもなく、始めてきた場所だと確信した。
軽く、二十人ほどは入りそうな大きさの部屋だ。新鮮な骨のように白い漆喰によって壁が覆われているが、天井は丸く吹き抜けているからか、ぬるい光が部屋の中心に差し込んでいる。光が差し込む先には一台の机、そして、四面の壁にはバイオリンが一つずつかけられていた。
計四つのバイオリンはどれも製造元が同じブランドのようだ。一見変わり映えのない楽器だが、四つのうちの三つはその弦のすべてが取り払われているし、どれも杭で壁に打ち付けられているのが異様であった。これらは演奏されるのではなく、壁にかけられていることで役割を果たしているのだろうか?
楽器としての機能を奪われたバイオリンのうち、弦が張られているバイオリンを手に取り、状態を確かめる。張りのある線、つやつやとした触り心地。指で弾くと、四つのうち一本の弦が切れ、ビンッと鳴いた。
はち切れた弦は、完全に機能を失ったただの線になった。音を奏でる役割から、開放されたようだった。

すると突然、だらりと項垂れたか線が息を吹き返したのか、縋るように僕の腕へとにじり寄り始めた。尺取り虫に似た、何か。
その切れ端が、いとも簡単に僕の腕の皮を突き破ってしまった。まるで点滴チューブのようだが、不思議と痛みはなく、むしろ霞んでいた意識が晴れていくような気がした。なおも線はずくずくと進んで、肩までせり上がると、やにわ停止した。
「あぁ。この線は、僕の血管のふりをしているのだ」と思った。そんなことしなくたって、僕はこの部屋で十分やっていけるのに。
どん、ドン、と天井のガラス窓が音を立てている。カラスだろうか。飛来物だろうか。それとも、誰かが天井から僕を脅かそうとしているのか。

部屋の真ん中にある机によじ登り、僕は天井を見た。そこには誰もいない。あるのはすっと晴れたエメラルド色の空とやけに立体的な雲だけだ。
きっと、誰か隠れているのだ。そうに違いない。僕は「どちら様ですか」と、口走ったはずだった。
「ゴギガガガゲグガ」
耳の奥で、にぶい空気音が聞こえた。


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