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秘密結社のアジトへ侵入する
まさか新宿駅の地下街に、秘密の入り口があるとは思わなかった。
西口の高速バスターミナル方面へと行き、地上へと出る階段のすぐ脇に小さなドアがある。一見すると、たんなる鉄の板だ。取っ手も鍵穴も見当たらない。
わたしは、あらかじめ教えられていたシークレット・コードを叩き込んだ。こぶしで、「コンコココン、コココココンコン、コンコココン」と。
鉄の板はギイッと音を立てて、内側へ倒れた。狭く真っ暗な通路が現れる。
辺りを見回して誰もいないことを確かめると、素早く体を滑り込ませた。ずっと奥に、非常灯の光が緑色に灯っている。そのわずかな明かりのおかげで、周囲の壁がかろうじて確認できた。
「こちら、むぅにぃ。潜入に成功した」腕時計型の通信機に口を近づけ、声をひそめて報告する。「これより、敵の司令室へ向かう。通信を傍受される危険があるので、いったん無線を切る……」
ここは世界征服を企む、悪の秘密結社のアジトだ。わたし達エージェントの決死の調査によって、ようやく場所を突き止めることができた。司令室でふんぞり返って、あれやこれやと悪巧みを指示している「将軍様」め、今度こそ終わりだ!
すでに先鋒隊が数人、送り込まれているはずだった。あいにく、わたしは彼らの顔を知らない。なぜなら、作戦会議があったその日、通勤電車を乗り間違えて大遅刻してしまったからだ。
狭い通路を抜けると廊下に出た。秘密基地めいた場所を想像していたので、いくらか拍子抜けしてしまう。普通のオフィスだと言われても信じてしまいそう。
けっこうな人数が行き来をしていた。ほとんどが男だっが、白衣を着た女性もちらほらと見る。
「さてと、仲間はどこかな」向こうもこちらを知らないので、探すのに骨が折れそうだ。
通りかかった男に声を掛けてみる。
「あの、ちょっとお尋ねしますが」
「はい、なんでしょう」
わたしは身分証を見せ、
「こういうカードを持っている人を見かけませんでした?」と聞いた。
相手は首をかしげて、「さあ……見てませんねぇ」
「そうですか、どうもありがとう」
この身分証を知らないということは、わたしの仲間ではないということになる。われながらいいアイデアだ。
司令室を探して歩きながら、わたしは誰彼かまわず、カードを見せて尋ねる。
その甲斐あって、やっと3人ばかり仲間と出会うことができた。
もっと見つけようと思い、ずんぐりとした若い男を呼びとめる。
「すいません、このカードを知りませんか」
男はカードをまじまじと見つめ、
「もちろん、知ってるさ。わがアジトにようこそ!」
あれっ、どうりで見た顔だと思ったら、「将軍様」だ。これは、まずい。
わたしはきびすを返すと、全速力で駆け出した。
「おい、待てっ! 逃げられると思うかーっ!」背後から「将軍様」が叫ぶ。
あちこちから、ピエロの格好をした連中が湧いて出た。戦闘員だ。間抜けな姿をしているくせに、機敏な動きで追ってくる。実に気味の悪い連中だ。
「こっちだっ」半開きのドアの陰から、誰かに呼び止められる。さっき出会ったばかりの仲間だった。ドアの隙間から、転がり込む。
「ありがとう、助かった」わたしは礼を言った。「ごめん、ドジを踏んじゃった……」
「何、かまわないさ。奴ら、永田町に向けてミサイルをぶっ放す予定なんだが、こいつは不発に終わるだろうよ」そう言って意味ありげにニヤッと笑った。
「どういうこと?」
「フッ化水素を炭酸水に入れ替えてやったのさ」