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西部の酒場にて

 ここは荒野。閑散とした町の、とある小さな酒場だ。友人の桑田孝夫と並んで、止まり木に足を載せている。
「スコッチ」桑田がオーダーする。マスターは黙ってグラスに酒を注ぎ、カウンターにたんっと置いた。
「えーと、何にしようかな」メニューはないかと、わたしは店の中を見回す。そんな気の利いたものなどなかった。

 カウンターの上を、ツーッとグラスが滑ってくる。
「こいつを飲んでみな、うまいぞ」離れた席に座っていた男からの奢りだ。「ワイルドターキーだ」
「ありがとう」わたしは礼を言って手を伸ばす。つかみ損ねて、グラスはそのまま反対側まで走っていき、床の上で砕け散った。
「……下手くそ」テーブルの方から、ぼそっとつぶやく声が聞こえる。

 マスターが新しいグラスをわたしの前に置いてくれた。
「もう1杯、あちらのお客様からです」
 わたしは男にぺこりと頭を下げる。
「重ね重ね、すいません」
「よかったな、むぅにぃ。只酒ほど旨いものはないぞ」桑田が、ちょっとうらやましそうにわたしを見た。
 ワイルドターキーは、確かに口当たりがよかった。
「でも、炭酸で割ったら、もっとおいしいかも」わたしはふと思いつく。

 また、こちらに向かって飲み物が移動してきた。
「こいつで割ってみるといい。クセになるぜ」さっきの男だった。
 今度は桑田がキャッチする。「また、落っことされちゃかなわねえからな」
 缶入りドクター・ペッパーだ。
「ドクター・ペッパーって、いかにも薬臭いんだよね」とわたし。これで割ったら、いったいどんな味になるのやら。
「せっかくだから、試してみろよ。案外、いけるかもだぜ」人ごとだと思って、いい加減なことを言う。

「じゃあ、ちょっとだけ……」わたしは、ワイルドターキーにドクター・ペッパーを注いだ。
 1口飲んで、思わず感嘆の声が漏れる。
「うまい?」桑田が興味しんしんな様子で聞いてきた。
「うん、心持ち消毒液みたいな臭いがするけど、味はフルーティだよ」
「どれ、おれにも飲ませてみっ」そう言うと、わたしのドクター・ターキーをごくん、と飲む。喉の奥で、「んっ!」と唸って、そのまま最後までグラスを傾けてしまった。
「あー、もう! 全部飲むことないじゃんっ」
 向こう端の男は、そんなわたし達の様子を愉快そうに眺めている。

 その後も、わたしと桑田、そして隅の男の3人で飲み続けた。
 桑田も男もザルらしく、水のようにガブガブと飲む。一方、わたしはとっくに限界だった。家に帰って、横になりたい。
「じゃっ、帰るからぁっ」わたしは出口に向かって歩きだした。
「どこへ行くつもりだ。馬車はもう走っていないぞ」桑田が引き留める。「それにお前。そんなに酔っぱらってちゃ、どこ向かって歩いてるかもわからねえじゃねえか」
「酔ってなんか、ないよぉ~? だからぁ、酔ってませんって」われながら、どの口がそう言うかと呆れてしまう。

「なあ、お連れさん」隅の男が桑田に話しかける。「隣町まで、ほんの2、3キロばかりだ。送っていってやっちゃどうだい。酔い覚ましにちょうどよかろうよ」
「あ、そうっすね。そうします。このばか、ほっといたらそのままグランド・キャニオンまで歩いて行っちまいそうだ」
 わたし達はマスターと男に別れを告げ、店を出た。

 月と星明かりだけが頼りの荒れ地を、2人してのんびり歩く。
 風が気持ちいい。いつの間にか鼻歌が出ていた。
「ふんふーん、ふふーん、ふんふーん、ふーん……」
「おっ、『ブルー・ムーン』か」桑田が懐かしそうに言う。「それ聞くとよぉ、『狼男アメリカン』つう映画を思い出しちまうんだ。その曲が印象的に使われててな」

「この辺りにも出ると思う? 狼男」わたしはちょっとだけ怖くなった。
「いや、いないだろ? あいつら、いまじゃ絶滅危惧種だしな」
「そっか。なら、安心だね」
 わたしはまた、「ブルー・ムーン」を口ずさむ。

 遠くに隣町の明かりが見えてきた。

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