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むぅにぃ
2020年10月26日 11:09
7月のソームウッド・タウンは、朝早いというのにじりじりと太陽が照りつけ、周囲の森からはアブラゼミのうんざりしたような鳴き声が鳴り響いていた。今日も暑い一日となりそうである。 ストンプ家のロファニーとベリオスはつい30分ほど前に、中学校のサマー・キャンプへ行くため、父親の車で駅まで送られていったところだった。末の娘が見あたらないところをみると、1人で森へと出かけているのに違いない。退屈な夏休みが
2020年11月9日 14:24
小鳥のさえずりと次第に大きくなるセミ達の前奏曲にうながされて、ゼルジーはそっと目を開けた。 差し込む朝日に顔をしかめながら、焦点を合わせようと努める。見慣れない天井が浮かび上がってくる。しばらくの間、自分がどこにいるのか思い出せずに不安になった。たっぷり10秒ほどのちに、ようやく記憶が蘇る。 そうだ、わたしはソームウッド・タウンに来ていたんだっけ。ここはリシアンの子ども部屋で、夕べは遅くまで
2020年11月16日 08:22
パルナンとゼルジーがソームウッド・タウンへやって来て、すでに数日が過ぎていた。「お昼を食べ終わったら、また、森へ行くんでしょ?」クレイアが聞く。 リシアンはスープを飲む手を止め、「ええ、もちろんっ!」と答えた。ゼルジーと桜の木のうろで空想ごっこをし、昼ご飯を食べに戻ったところだ。「だったら、ウィスターさんところにちょっと寄ってもらえるかしら。クッキーをたくさん焼いたから、持っていて欲しいん
2020年11月23日 09:17
「今日も朝から雨ね……」ゼルジーは、リシアンのベッドでどっかりとあぐらをかきながらつぶやいた。「もう3日も降り続けてるわ。いつになったら止むのかしら」向かい側にはリシアンが座り、うんざりしたような声を絞り出す。「でも、わたし達には想像力があるわ。そりゃあ、桜の木のうろに行けないのは残念だけれど、空想はいつでもどこでだってできるもの」「ほんとね、ゼル。あんたの言う通りだわ。今日はどんなことを空
2020年11月30日 09:48
ソームウッド・タウンに、久しぶりの晴れ間が広がった。ゼルジーとリシアンは朝食をすますと、走り出す勢いで「木もれ日の王国」へと向かおうとしていた。「パル、あなたも来る?」まだテーブルに着いたままのパルナンに、ゼルジーはふと尋ねる。「そこ、カブトムシはいるかい?」その様子から、この間見つけたというクヌギ林では大した収穫がなかったようだ。「桜の木の蜜を舐めに、カナブンがたかってくるわ。それにいつ
2020年12月7日 09:40
次の日も、パルナンは森へやって来た。「パル、今日は虫採りに行くんじゃなかったの?」ゼルジーが聞く。「あの桜の木、べったりと樹液が付いていたろ? もしかしたら、面白い昆虫がやって来てるかもしれないと思ってさ」それがパルナンの答えだった。「そうかも」リシアンが同意する。「沼にはカエルやザリガニもいるし、もしかしたら、大きなトンボが飛んでくるかもしれないわ」 桜の木を一廻りするパルナンだったが
2020年12月14日 08:48
「木もれ日の王国物語」と書かれたノートは、リシアンの手によって毎日ページが埋められていった。このところ雨も降らず、ゼルジーとリシアンは連日桜の木のうろへ入り浸っている。午前中の虫探しが済むとパルナンもやって来て、空想ごっこに加わるのが日課となっていた。 この日も3人は、うろの中のこぶに腰掛けて冒険の準備をしているところだった。「わたし達、いつもいたずら妖精のパルナンには負けてばっかりね」持っ
2020年12月28日 10:19
「わたしがカゼをひいている間、こんな素敵な冒険をしていたのねっ」すっかりよくなったリシアンは、ゼルジーから聞いた物語をノートに書き記している最中だった。「まさか、パルナンが一緒に『グリーン・ローズ』を探してくれるとは思ってもみなかったわ」綴られていく文字を眺めながら、ゼルジーもうなずく。「まあね、ぼくだっていつも悪さばかりしているわけじゃないさ」少し照れながら、パルナンが答えた。 空想の記録
2021年1月4日 05:09
リシアンは、居間で父と母が話をしているのをたまたま聞いてしまった。「ウィスターさんは、いよいよ土地を手放すようだね、クレイア」「ええ、そうなのよ。市がこっちのほうまで道路を敷きたいらしいの。以前から、ウィスターさんと交渉をしていたらしいわ」「あの森も、すっかり無くなってしまうわけだ。この辺りもたくさんの店ができて、賑やかになることだろうな」リシアンの父ダレンスが言う。「そうなるでしょうね
2021年1月11日 08:17
翌朝、3人はスズメがさえずりだすよりも早く起きた。「おかあさん達、さすがにまだ寝てるわね」リシアンが小声で言う。「キッチンへ行って、シリアルを食べましょ。それから、お昼に戻らなくて済むよう、サンドイッチを作っていきましょうよ」 そっと階段を降りて戸棚からシリアルを出し、冷たい牛乳を注いで食べる。食べ終わると食パン入れからパンを取り出し、冷蔵庫にあるハムやチーズ、ジャム、マーガリンをたっぷり塗
2021年1月18日 03:42
翌朝も3人は朝早くに起き、簡単な朝食を済ませると、バスケットにサンドイッチを詰めて出かけた。「今日行くところは『太古の森』って言ったわよね?」リシアンが確認する。「そうよ、リシー。石ばっかりのつまらない国。でも、あの魔法使いは、なんだか含みを持たせていたわね」「まあ、いいさ。『氷の国』みたいな危険はないだろうし、行ってみれば、どんなところかわかるんだからね」パルナンは言った。 いつものよ
2021年1月25日 06:22
伝説の魔法使いが2人とも見つかって、ゼルジー達は一安心した。あとは魔王ロードンを探し出し、対決するだけである。「今日は焦って冒険をする必要はないわね」リシアンが言った。「ええ、こっちは5人揃ったんだし、いくら魔王がすべての元素魔法を使えるっていったって、人数が多いんだから負けるはずないわ」ゼルジーものんびり答える。「ゆっくり朝ご飯を食べて、お昼には帰ってこられるね」考え深いパルナンでさえ、
2021年2月1日 05:45
「そうか、そんなことになっていたんだね」ロファニーはリシアンから、ウィスターの森がなくなるという話を聞いて重々しくうなずいた。「道路ができると、この辺りもきっと騒がしくなるだろうね。静かな雰囲気が好きだったんだがなあ」「おれは、ちっとぐらい賑やかなほうがいいな。それに、店がたくさんできて便利になるじゃねえか」こう歓迎するのはベリオスだ。町へ出るにも、父のクルマで送っていってもらわなければならない
2021年2月8日 05:20
〔「ここが『影の国』なのね」ゼルジーは気味悪そうに辺りを見回す。すべてが色のない世界だった。真っ白な空の下、灰色の大地がどこまでも平坦に広がっている。遮るものなど何もなく、ただ影だけがゆらゆらとうごめいていた。「『木もれ日の王国』の裏側なのだ」金のローブの男、ロファニーが言う。「よくごらん。森も城も、すべてが影となって染みついているだろう?」 確かに、見覚えのある景色だった。城や噴水から湧き上