障害者について

みなさんこんにちは。moneです。

先日、こんなツイートを見かけました。19人死傷した某事件について
「生きてても苦しいだけの重度障害者を死なせてあげたという点では正直容疑者に賛成しています。遺族もホッとしてるらしいし」

目を疑いました。何回も何回もツイートを読んで、挙句ブロックさせていただきました。


生きてても苦しいだけ?死なせて「あげた」?遺族がホッとしてる?
私はとてつもなく憤りを感じました。
本当だとしても、言うべきではない言葉だと思いました。

私は小さい頃、町から隔離された重度の障害者のいる施設の社宅で暮らしていました。
優しい人、無視する人、声をあげて私を避ける人、色々なひとがいました。
でもみんな、生きてました。介護を受けながら、それでも生きていました。


勿論、死を感じている人たちもいたかもしれません。
でも、生きてました。


私たちは、想像するしかありません。喪われた人がどんな心持ちでいたのか。
でもけっして、生きてて苦しいだけの人生なんてありません。
楽しい思い出だってあった筈です。
先に記述した通り、私みたいな子供を嫌いな人もいました。
それでもその人は、その人なりに生きていました。
それを「生きてても苦しいだけの人生」と言ってしまうのはかなり偏った意見だと思いました。
某事件と過去の自分の記憶が混乱し、うまくまとめられている自信がありません。

障害者は生きていてはいけないのでしょうか。
そんな事はないはずです。
どんな命にも優劣はありません。
綺麗事だと思われてもいいです。障害者がホッとできるのは死ぬときだけなのでしょうか?
私は違うと思いました。

生きていればいつかいいことがあるだなんて事は、私が恵まれているから書けるのかもしれません。
重度障害者をサポートがどれだけ大変な思いをしてやってるのかもわかってるつもりです。
「遺族もホッとしてるから」と言うのが本事実だとしても
誰かが誰かの命を脅かす理由にはなりません。

一生その人を任せられる施設を探すのは大変です。
やっと施設が見つかったのに殺傷されてしまうと言うのは哀しい事。
「生きててほしい」と思った人の方が多かったと思います。
ニュースを見て心を痛めた人もいたでしょう。

そこで、私が思うのは
「身近にいる障害者を気にかける」事だと思いました。
周りに迷惑をかける障害者もいるかもしれないし、そんな障害者に襲われトラウマになった人もいるかもしれません。
けれど、悪意で人と接する障害者はほとんどいません。無意識にトラブルを起こしてしまうのです。

ただ、障害者が社会のヒエラルキーの中で弱者に入る事はあると思います
中には軽度の障害者の人もいますよね。
その人がトラブルを故意に起こすかと言ったら、そんな人は稀です。

そんな人たちがもしも困っていたら、手を差し伸べて欲しいのです。
障害者はいつだってSOSを発信しています。
それに気づいて欲しいのです。

障害者は宇宙人ではありません。
話合いで分かり合える事もあります。
根気よく、障害者と向き合って欲しいです。


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