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【小説】林檎の味(七)
久しぶりの再会だったが、二人して石にでも変えられたかのようにひどく口が重かった。カオルはテーブルの上のサボテンを見ることもなく見ている。お見舞いに鉢植えという非常識は、カオリのことだからまあ、あり得るとして、何でよりによってサボテンなんだろう。会話が途切れると、そんなことが変に気になった。カオリが沈痛な表情で重い沈黙を破る。
「ギラン・バレー症候群って、名前からしてヤバくない?」
「別に不治の病ってことではないらしいよ。治る人の方がずっと多くて、死ぬこともないみたいだし」
カオルは努めてさりげなく答えた。ただし、フレンチ・ポリオという別名のとおり、体に重い麻痺が残り、最悪寝たきりになることもあるみたいだけど。カオリは晦まし切れなかったカオルの言外の意を敏感に察したのか、その不安が伝播したことを悟られまいとするかのように、視線を窓の外にそらした。カオルもその目の動きにつられる。
青い空には真っ白な入道雲が広がっていた。短い夏がもうすぐ終わる。こうして病室で中学最後の夏休みを無為に過ごし、カオリとのたくさんの果たせなかった約束のことを思うと、残念でならなかった。受験のこと、ピアノのこと、気にしなくてはいけないことはたくさんあった。カオルは音楽高校の受験を準備していたが、上を目指すとなるとどうしたって東京の学校になる、でも北海道から離れるのはどうにも気が進まない。理由は明らかだった。そこにいつ癒えるとも知れぬ病気である。手指の感覚は戻るのだろうか。将来全体が不透明な膜に覆われてしまったような気分で、現実から逃避していた。
静かな午後の病室に、ただ蝉の鳴き声だけが遠くから響いている。カーテンで仕切られた四人部屋のその一角だけが、世界から切り離されてしまったかのようだ。今度はカオルが沈黙を破る番だ。
「しかし……」
「ん?」
「なしてサボテン?」
「花粉が飛ばなくていいじゃん」
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