【小説】待つ(Ⅳ)
町はずれの半導体工場の正門から、帰宅を急ぐたくさんの工員たちが出て来る。その群れにまじって、一台の赤い自転車がすいすいと金魚のように流れをぬう。乗っているのは工員のブルーの制服を身にまとったカオリだ。高校を卒業すると、期間工としてここで働き始めた。
工業団地のすぐ近くのスーパーマーケットから、大きな買い物袋を抱えたカオリが、大きな声でまくしたてながら出て来る。携帯を片手に、耳の遠いシズエを相手にしているようだ。
「だからちゃんと買ったって。心配しないでよ。今日はアタシが夕食当番なんだからさ」
「だって、この前も買い忘れてたじゃないか」
「大丈夫だって」
カオリは携帯を切ると、買い物袋を前かごに入れ、サドルにまたがった。最近は少しずつだが、祖母に料理を教えてもらっている。
自転車に乗ったカオリが無人駅に近づいて来る。カオリは駅舎の方に目もくれず、そのまま素通りする。仕事帰り、いつも駅の前を通るが、以前のようにここで時間を過ごすことはない。
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