【小説】林檎の味(二)
蒼白い顔に浮かぶ物憂げな表情、先の先まで繊細さの詰まったような長い指、せかせかと神経質そうに動く痩躯、それでいて全体に漂う優雅な気品――カオルは小学生にしてピアニストの風貌を備えていた。実際、国内のいくつかの大きなコンクールで入賞し、神童とささやかれた。一方のカオリはいつまでたっても腕が上がらず、その演奏は災厄としか言いようがない。発表会では決まってミスを連発、鍵盤を壊さんばかりにいらいら叩く姿を、カオ前回へつも舞台の袖ではらはら見守っていた。自分の出番の頃にはもうくたくただったが、それでもカオルが一番好きなドビュッシーを弾くや、会場は水を打ったように静まり返り、十八番の「華麗なる円舞曲」の高速演奏を披露するや、満座は度肝を抜かれ、やがて万雷の拍手に包まれた。
そんなカオリも一たびピッチに立つや水を得た魚、並みいる男子を差し置いて不動のエースストライカーだった。美しく上気した小麦色の肌、ドリブルで駆け上がるすらりと長い足、優美になびく束ねた長い黒髪――まさに駿馬を思わせた。華奢な体つきながら、当たり負けもせず、俊敏な動きで守備を切り裂くと、必ずやシュートまでもっていく。カオルの方はと言えば、いつも控えにまわっていた。サッカーの思い出?いくら思い返してみても、試合を決めるカオリのゴールに、ベンチで飛び上がって喜んでいたことくらいが関の山だった。
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