【小説】林檎の味(五)
ある朝、カオルが目を覚ますと、体が全く動かないことに気がついた。突然の異変に軽いパニック状態に陥ったが、考えても始まらない。確かに前兆はあったのだ――。
かれこれ二週間位微熱が続き、体がだるかった。薬を飲んでも良くならない。風邪ではなさそうだ。昨日は特におかしかった。散々だったピアノのレッスン。指先に力が入らず、ろくに弾けやしない。カオルの狼狽する様子を見て、カオリはくすくす笑っていたが。帰りに自転車に乗ろうとしたら、手に力が入らず、ブレーキがうまく握れない。しかたないのでカオリに二人乗りさせてもらった。「くよくよすんなって。考えすぎだよ」。夜風に身をすくめる荷台のカオルを、カオリはそう慰めてくれた。「明日こそ学校休んで病院行きなよ」。そんなことないだろうけど、もし明日の朝、目が覚めてこんな具合だったら、今度こそ病院に行こう、カオリの言うように。カオルはそう決めてベッドに入った。降り出した雨。強い風が窓を叩き、大きな雷鳴まで聞こえて来た。嫌な胸騒ぎがしたが、「考えすぎだよ」というカオリの声を思い出しながら眠りについた――。
カオルは何とか冷静さを取り戻し、自分の置かれた状況をおぼろげながら理解すると、辛うじて上体を起こし、助けを求めた。
「母さん!」
病院に運び込まれるや、即入院となった。色々な科のお医者さんが入れ替わり立ち替わり来て、一週間かけてあれやこれやの検査をした結果、「ギラン・バレー症候群」と診断された。
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