【随筆】【音楽】美しき出来事、美しき記憶
In New York, New York
We’re out in the morning
We’ve seen out the night
Walking the dawn
New York, New York
The light hits the buildings
We’re out on the town
It’s just like the movies
In New York city
CDショップの広いフロアでしばし立ち止まっていた。ニューヨークの美しい思い出を歌ったらしい曲、その甘美でうっとりするような旋律にじっと耳を傾けていた。あの伸びやかで繊細、切々とした歌声、ああ、エディ・リーダー、新譜を出したのか。洋楽情報など追わなくなって久しかった。その日も何でCDショップに立ち寄ったのか。ぽつねんとたたずむこと約5分、その曲「New York City」を聴き終えるや、そのままカウンターに向かい、アルバム「Love Is the Way」を購入した。今からもう15年も前、2009年8月の暑い日、今はなきHMV渋谷でのことだ。
今は専らクラシック音楽ばかり聴いているので、若い頃、狂ったように聴いていた洋楽CDはだいぶ整理した。それでも手元に残った、旧友のようなアルバムを見回しても、その出会い、具体的な購入の状況まで思い出せるものなど何枚もないが、「Love Is the Way」はそんな例外的な、私にとって大切な一枚だ。一曲目のスローな「Dragonflies」から一気に引き込まれた。あの「New York City」やタイトルナンバー「Love Is The Way」など珠玉の佳曲ぞろいで、全体にリラックスした雰囲気に包まれ、エディの円熟を感じさせる。オリジナル・アルバムとしては最高傑作ではないか。最も好きなナンバーはパートナーのジョン・ダグラスとの共作「Roses」だった。ホームパーティーで録音したかのような雰囲気が楽しく、その軽さと深さに感嘆した。これ、ライブで聴いたらどんなに素晴らしいだろう。一か月後、それはビルボードライブ東京での来日公演で実現した。心にしみる、ファンタスティックなパフォーマンスだった――。
サブスク全盛、CDが売れない時代と言われて久しいが、それでもCDショップに足を向ける理由は、ハプニング的な出会いや、その記憶を求めてということになろうか。残念ながら、年齢とともに、そのモチベーションは衰えているが。
発売日にCDショップに走るなど、いつ以来だろう。再結成したフェアーグラウンド・アトラクションの36年ぶりのセカンドアルバム「Beautiful Happening」を発売当日の9月20日に購入した。二か月半前の来日公演以来、この日を指折り数えていた。収録曲はどれもステージでお披露目されており、ライブの感動を新譜で「復習」する、いつもとは反対の感覚で聴いた。
There’s something beautiful in this darkness
Something beautiful is going on
There’s something happening in this silence
Some kind of sweet and wordless song
Some kind of beautiful
Some kind of beautiful
Some kind of beautiful happening
アルバム全体、特にタイトルナンバーでオープニングを飾る「Beautiful Happening」を繰り返し聴いていると、長い旅の果て、色々あったけれど、戻るべきところに戻ってきたというような感慨にとらわれる。1988年発売のファーストアルバム「The First of a Million Kisses」のラストナンバー「Allelujah」で街を出た若いカップルが戻ってきたかのような。温かで静かな安堵感。頭韻と脚韻の柔らかな響き、シンプルで反復の多い歌詞、てらいのないエディの歌声は祈りのよう。「Beautiful Happening」と「The First of a Million Kisses」、新旧2枚のアルバムを手に取る。成熟の滋味と青春の輝き。同じローレンス・スティーブンスの手になるジャケットをしみじみながめ、36年の時の流れを思う――エスカレーターを駆け上がりたい気持ちを抑え、売り場に向かう、タワーレコード渋谷店7階フロアは怒涛のオアシス推し、そりゃそうだろう、それが世の流れ、フェアーグラウンド・アトラクション再結成で盛り上がっているのなんて、所詮はマイノリティと少し気後れし、どこか片隅の方、自分の目指すものをゆっくり探そうと思いきや、探すまでもなく、一つのコーナーになって、「Beautiful Happening」が大々的に陳列されているではないか!こうした些細なことほど、ずっと記憶に残ることだろう――翻って、「The First of a Million Kisses」、なにせ大昔の事、どうしても購入した状況が思い出せない、その頃、足しげく通っていた京都・新京極の詩の小路ビルの「優里奈レコード」で買ったのではないかと思うけれど……そもそもネットのない時代、この新人バンドのデビュー・アルバムをどうやって知ったのか?どこかで記事かレコード評でも読んだのか?何かでミュージック・ビデオでも観たのか?……まあ、記憶なんてそんなものだろう。