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【小説】林檎の味(十一)

 真新しい学生服に身を包んだカオルが横断歩道を渡る。ゴールデンウィークも終わり、みんなから一月半遅れの進学だった。もともと成績は良かったので、担任が地元の公立高校に推薦でうまくねじ込んでくれた。カオリと同じ高校に進めたことをけがの功名と、せめてもの慰めにしたかった。足を引きずり、ぎくしゃく歩くカオルの右足をちらりと横目で見て、みんなが追い抜いて行く。理学療法士からは杖を使うことも勧められたが、カオルは障害者と見られることに何となく抵抗があり、出来るだけ目立たないようにしたかった。すいすいと先を行く学友たちに気後れを感じながらも、カオルは辺りをきょろきょろと探していた――。
 カオルは昨日、リハビリがてらカオリの家に行ってみた。道端でばったり行きあい、退院したこと、同じ高校に進学することを、自然な感じで報告する。それがカオルの思い描いたシナリオだったが、すぐに後悔した。自分のこのおかしな歩き方をカオリに見られたらどうしよう。ポプラ並木はいたずらに長く感じられ、若葉の季節を楽しむ余裕もなく、ただしんどかった。やっとのことでカオリの家に着くや、ショックを受けた。庭がすっかり荒れ果てていたのだ。林檎の花も咲いていない。枯れているようにも見える。呼び鈴は鳴らさないでおこう。カオルは直感的にそう思った――。
 「よお!」
 ちょうど校門のところで、誰かに後ろから強く肩を叩かれた。
 「シンジ!」
 シンジはサッカークラブのチームメイトで、カオリの控えのフォワード、一緒にベンチで声を張り上げていた仲だ。
 「退院おめでとう!元気そうじゃんよ」
 「ありがとう」
 最初に声をかけてくれたのがこいつで良かった。カオルは大きく深呼吸する。
 「どうした?」
 「すっごく緊張してる」
 「何で?」
 「みんなより遅れての進学だし。うまくやっていけるかな」
 「大丈夫だって。うちの中学からもかなり来てるし」
 「カオリもこの高校だよね」
 「そうだよ。同じ軽音楽部に入った」
 「カオリ、雰囲気だいぶ変わったらしいね」
 「まあね。色々あったみたいだし」
 「色々って?」
 「親父さんの家出騒ぎとかあってさ。それで、カオリ一時荒れてね」
 「荒れた?」

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橋本 健史
公開中の「林檎の味」を含む「カオルとカオリ」という連作小説をセルフ出版(ペーパーバック、電子書籍)しました。心に適うようでしたら、購入をご検討いただけますと幸いです。