【小説】待つ(Ⅱ)
カオリが管理人から借りた合鍵で、その築三十年の木造アパートのドアを開けると、ギーと軋む音が廊下に響いた。
そこはエイスケがアトリエとして近所に借りていた小さな一室、世捨て人の父の隠家だ。足を踏み入れるのは久しぶりだった。きちんと整理整頓されているたくさんの絵画、絵具、オブジェ類。煙草と絵の具のまじった独特の匂い。窓から差し込む優しい朝の光。日当たりはいい。エイスケはそこだけはこだわったようだ。子どもの頃はよく遊び場にしたものだ。カオリはあまり代り映えしない室内をぐるりと見回す。やはり画架はない。エイスケはまだ戻って来ていないようだった。
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