第16話 産まれた 〜後半
続き〜
促進剤の効果は一晩中続いて、ほとんど眠ることはできなかった。少し休めるようになったと思えば、2日目の促進剤投与の時間になった。「怖くて促進剤を打ちたくない。本当に痛いしもう嫌だ。」と泣いて訴えたけれど、もちろん聞き入れてはもらえなかった。
泣きべそをかいて投薬されるのを見つめていた。ある力を振り絞って逃げたかった。前日にすでに薬漬けになっていたからか、薬は10分そこらでガンガンに効き始め、再び悲鳴をあげないと済まない状態になった。
その日の陣痛室には、お隣のベッドにも妊婦さんが居た。彼女も同じく促進剤投与が始まっていた。あぁ、うるさい悲鳴をお許しくださいと心の中で謝った。
お隣さんもだんだんと痛みが出てきたらしいことはわかったが、「ウッ… フゥ…フゥフゥ…」 と、それはそれは静かなものだった。
え!そんなもん?!と私は驚き、自分(悲鳴)との差に愕然とした。ちょっと恥ずかしいけれども悲鳴を止めることはできなかった。
投与開始から5時間あまりが過ぎた頃、彼女はどこかへいってしまった。彼女の唸るような叫び声が聞こえ始め、分娩室へ行ったんだと気づいた。『あぁ…もう行ってしまったんだね…』と少し寂しい気持ちになった。しばらくすると、元気な産声が聞こえ、心の中で『おめでとう…!』と涙が出た。その子が泣くと、心なしかお腹のノミちゃんはいつもより余計に反応した気がした。
ノミちゃんも、早く出てきたかったのかもしれない。
2日目は何としてでも子宮口をこじ開けるべく、筋弛緩剤の薬を4本も注射された。「ちょっと痛いけどごめんね」と毎時間一本ずつ打たれたが、筋注の痛みなど屁でもなかった。とにかく私の陣痛体験は、痛い痛いという悲鳴の連続であった。陣痛も最高潮を迎えると、もう子どもが漏れ出そうであった。「もう嫌だ。とにかく切ってでも出して欲しい。」とシクシク泣いて訴えたし、なんなら死んだほうがマシとさえ思った。
ずっとついてくれていた看護師さんは、とても心配そうだった。それでも「絶対下から出した方がいい。もうちょっと頑張ろう?」と、涙ぐんで言われた。
投与開始から8時間が過ぎた頃、「全開だー!」と助産師さんが声を上げた。分娩室へ移ろう!と、その間も絶え間なくやってくる陣痛に耐えながら、分娩台へと登った。
すぐに主治医がやってきて、内診をされた。「よく頑張った!!開いた開いた!」とエコーで子どもの位置を見たりと色々チェックをしていた。「頭がデカくて出て来れないかもしれない…」とボソッと言ったのが聞こえ、私はゴーンと石で頭を殴られたような気持ちであった。「30分だけ待って!それで決めるから!」と言い残し、分娩室に独り取り残された。
絶望感と共に1人必死で陣痛に耐えた30分であった。帰ってきた主治医に「吸引分娩にします!」と告げられた。もうどうでもいいから早く取り出してくれ、それしか頭になかった。
研修医やらが分娩を見にくるけど良いかな〜? っとは聞いてはいたが、計10人ほどの医師や看護師たちが分娩室に集まっていて、わちゃわちゃとした中でお産が始まった。
お産が始まったはいいけれど、大体いきみ方が分からない。極限状態の中でササッといきみ方の説明を受けた。陣痛の波と共に上体を起こし、目をまっすぐ見開き、息や声を漏らさないようにして力一杯押し出すのであった。ちなみに吸引器を入れるのももちろん最高に痛い。
と、私の上に人が跨っている。上体を起こしていきむ体勢になると、私の顔はその人のお尻にぴったりとくっついた。すると、お尻の持ち主はそれと同時に私の腹を思いっきり股の方向へ向かって押した。その痛みたるや凄まじく、肋骨が折れそうなのと、肺が押し潰されて窒息しそうなのでびっくりした。こうやって死ぬのかと思ったほどであった。それでもいきまないとだし、顔は誰かのお尻にくっついてるし、お尻の向こうから「私の方を見て!私に向かって押し出して!」と言う助産師の声が聞こえる。
よく笑わなかったなと思う状況だったが、もうみんなが必死だっだ気がする。お尻さんもいきむ私の顔を尻で感じたのだろう。次のいきみの時には、私のサイドへ移動してくれた。
「次で出すよ」と言われ、渾身の力を振り絞っていきんだ。「出てきたよ!」と言われ、「ォンギャァ〜」と泣く声がした。「泣いた泣いた!女の子!」と私のお腹にその子がポンと乗せられた。うんうんと頷き、その子を見て涙が出た。
二人とも生きている…心からの安堵だった。
人生で初めて、本当に死ぬかもしれないと思った。こんなに痛いことがあるのか…と。私はギリギリの線だったけど、グレさんすら耐えきれまいと思った。そして、ノミちゃんが私が寝ている横にやってきた。
「うちらよう頑張ったよな」とノミちゃんに声をかけた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?