Hello Hello
夜空に煌めく、星の瞬く音に耳を傾けていた子供たちの幾人かは長じて天文学者になり、そのまた幾人かは特に他の惑星の生命体、それも知的な存在を探すため、大きなパラボラアンテナを空に向け、その声が訪れるのを期待と恐怖の混じりあった気持ちで待っていた。しかしながら、耳をそばだてていても聞こえるのはノイズばかりである。待てど暮らせどどのようなメッセージも送られては来ない。もちろん、その可能性の小ささを理解していない彼らではない。それをキャッチすることになるなどとは、宝くじを当てるよりもずっとずっと確率は低いだろう。もしかしたら、それはゼロなのかも。
そして、今日もまた耳を澄ます。今日もまた、今日もまた。待つのが日常となり、日常は人生となる。彼らはとても忍耐強い。待つことこそがその心性の本質にまでなっているからだ。
しかしながら、災害や、事故がそうであるように、日常とは唐突に破られるものである。風船が突如破裂するように。この比喩は些か正しさを欠くかもしれない。日常が破られるかいなかはわからないからだ。風船なら、その薄い皮膜で包まれたものがいずれ破裂するのはわかりそうなものだが、日常とは積み重なることで強固な岩盤のように感じられるものだからだ。だが、その認識は間違っている。昨日と今日そうだったからといって、明日も同じことが起こるとは言い切れないのだ。昨日と今日はその確率を上げるための証左にはなり得ない。誰にも明日は知れないのだ。
日常は破られた。待つ日常が、である。アンテナがそれまでとは異なるものを捉えたのだ。それは明らかに何らかのメッセージだった。研究者たちは色めきたった。彼らにとってそれは、神の言葉よりも待ち望んだものである。誰もが興奮状態で、マグカップが幾つも割られ、躓いて怪我をするものが後をたたなかった。
「冷静になろう」と誰かが言った。「冷静に。そして、このメッセージがなんと言ってきているのかを考えようじゃないか」
かくしてそのメッセージの調査が始まった。未知の言語、未知の文法のメッセージである。解読には当然時間を要した。研究者たちは昼夜を問わず働き、メッセージの解読をしようと奮闘した。
結果を先取りしてしまえば、そのメッセージは解読されなかった。奮闘努力の甲斐もなく。
「こんにちは」
と、そのメッセージは言っていたのだった。研究者たちは首を傾げた。「これはどういう意味だろう?」「何を伝えようとしているんだ?」「今日は、どうしたって言うんだ」
この惑星の人々は非常に、極度に合理的な思考しかしないため、意味内容を持たないメッセージが存在するということが理解できなかったのだ。挨拶はしないし、感嘆の言葉を発することもない。そうしたものは非合理的なものとして考えられ、野蛮なものでしかなかったからだ。
研究者たちはそのメッセージがどこか遠い惑星の、原始的で非論理的で、殺し合いを好み、自分たちの住む惑星を汚すだけ汚すような生き物が間違って発したものだと考え、そんなものを研究するのは無駄だと考え、その調査を打ち切った。
No.222
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