![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/85668748/rectangle_large_type_2_991ced63a71af25804a5108ef5f345ea.png?width=1200)
最後の共同作業
ソファを粗大ゴミに出すことが、わたしたちの最後の共同作業になった。
それはあまりにも大きかった。とてもではないけれど、ひとりではビクともしない。だから、少しずつ部屋を片づけく過程で、どうしてもそれのことは見ないふりをし、最後の最後まで残ってしまったのだ。いらないものは捨て、わたしのものはわたしの転居先へ、夫のものは夫の転居先へ送り、そして最後に残ったのがそのソファだった。なにもなくなった部屋に、ポツンとそのソファが置いてある。ポツンという表現は少し違うかもしれない。その大きなソファは、部屋の中で確かな存在感を持っていた。不相応に大きなそれは、なんだかわたしたちの結婚生活を象徴しているみたいに思えた。
結局のところ、それは最初から最後までチグハグで、どこか噛み合わなくて、上滑りしているうちに終わってしまった。若気の至りといえばいえなくもないかもしれない。周囲は、特に親たちはその結婚に反対していた。
「悪い人じゃないと思うけど」と、母は言ったのだった。けど? わたしは彼のことが好きだったし、それは結婚するのに充分なものだと、当時のわたしには思われていた。
確かに、夫は悪い人間ではない。ただ、いろいろなものが食い違って、すれ違って、こういう結果にいたった。まあ、多くの失敗した物事がそうなんだろう。
そのソファは、そういう反対を押し切って初めての共同作業をしたあとに買った。
「大きすぎない?」
「でも、気に入ったんだもん」
まあ、それは大きすぎたし、使い勝手も悪かった。いつも頭のどこかにモヤがかかっているみたいに、それはわたしたちの部屋に鎮座していた。
運び出すのはひと苦労だった。それが部屋の中にあるのが不思議なくらいだった。どうやって入れたのかがわからない。まるで知恵の輪かなにかみたいに、ドアを通そうと、ああでもない、こうでもないと、ソファの両脇をそれぞれ支えながら、回してみたり、捻ってみたり、夫の勘がにぶくてイライラする。
「違うよ、そっちを下げて」
「え? こう?」
「違うよ! 違う」
「え? え?」
こういうにぶさとか、勘の悪さとか、いつもわたしはイライラさせられる。もちろん、別れることになったのはそれだけじゃない。もっと、もっといろんなすれ違いがあった。
「もう、違うって!」
夫は黙り込んだ。
「なに?」
「いや」
「なんなの?」
それからはもうお互い無言で、ドアの枠にガンガンとソファをぶつけ、もう強引に力ずくで外に出した。最後の共同作業でもこうだ。最後の最後までこうだ。
いったい、わたしたちはこのソファをどうやって中に入れたんだろうか? 業者の人に頼んだのだろうか? いや、違う。
「そっち下げて」
「え? こう?」
「違う、違うよ」と、わたしは笑っていた。「違うって」
「こう?」
「違うよ。それじゃ全然入んないよ」わたしは彼のその勘の悪さに大笑いする。そういう、夫のにぶさが面白かったし、好きだった。その代わり、いつも穏やかで、なにかあっても怒らないところが好きだった。
「入った」
「いやあ、疲れた」
「疲れた疲れた」
クタクタになったわたしたちは、どうにかこうにか部屋に入れたソファに倒れ込んで、顔を見合わせて笑った。
「やっぱり」と、わたしは言ったのだ。「大きすぎたね」
「大きすぎたね」と、彼も笑った。
その日の午後、ゴミの回収車が来てソファを持っていった。空っぽになったソファのあった空間を見て、本当にすべてが終わったのだというのがしみじみとわかった。終わった。別に、後悔はない。むしろ、清々している。よかったよかった。めでたしめでたし。結婚も望んだことだったけど、この結末もまた望んだものだった。そう、望んだものなのだ。
すべてが終わって、部屋にわたしはひとりだ。その新しい部屋に相応しいソファにもたれ、見慣れない天井を見上げる。
きっと、生まれ変わったら、わたしは彼と恋をして、結婚して、そして別れるのだろう。なんだか、そんな気がした。
No.998