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あとをつける

 なぜその男を尾行しているのか、その男が誰なのか、まるでわからない。とりあえず、男の後ろ姿に見覚えはない。これはおそらく夢の中なのだろう。夢の中特有の浮遊感、虚脱感がある。しかし、夢であることが露になった夢は夢でいられるのだろうか?夢はそれと気付かないからこそ夢なのではあるまいか?そうすると、それは夢であることが暴露さるた瞬間に覚めるのではないだろうか? となると、これは夢ではなく、現実の出来事ということになる。しかし。
 これには答えは出ないのかもしれない。
 どちらにせよ、その男の後ろ姿が前にあり、後ろからはそれを追えという名状しがたい力が押してくる。これだけは確かだ。
 男は振り返ることなく、また一切の迷いなく歩く。かなり早足だ。気を抜くと引き離されそうになる。男の後ろ姿だけを見て、ついて行くことに集中する。
 右に曲がり、左に折れる。三叉路の真ん中を行き、突き当たりを右へ。
 それをなぞるように、右に曲がり、左に折れ、三叉路の真ん中を行き、突き当たりを右へ。男との距離は縮まらない。
 そう思って歩いていると、角を曲がってみると目の前に男の背中があり、驚いた拍子かなにか、知らないうちに男の肩を掴んでいた。と同時に、誰かに肩を掴まれた。
 勢いに任せ、男の肩を引く。と同時に肩を力一杯引かれ、体勢を崩した。男の横顔が一瞬窺えた。それはこの世で一番馴染みのある顔でありつつ、決して実物を見ることがないはずの顔。それは間違いなく自分の顔だった。前方を歩いていたのは自分だったのだ。
 男の横顔が一瞬窺えた。それはこの世で一番馴染みのある顔でありつつ、決して実物を見ることがないはずの顔。それは間違いなく自分の顔だった。男の横顔が一瞬窺えた。それはこの世で一番馴染みのある顔でありつつ、決して実物を見ることがないはずの顔。それは間違いなく自分の顔だった。
 では後方は?
 男の横顔が一瞬窺えた。それはこの世で一番馴染みのある顔でありつつ、決して実物を見ることがないはずの顔。それは間違いなく自分の顔だった。それもおそらく自分なのだろうが、肩を引いた張本人は後ろ姿で顔が見えない。後方にいた者も、さらにその後方から肩を引かれたようだ。
 ここはどこだ?


No.900

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