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殺し文句


「こいつかい?」 と車の運転席から出てきた男は言った。
「ああ、任せたぜ」 応えたのは人相の悪い男である。かたわらにはもうひとり男がたたずんでいる。たたずむ。その表現以外にできないようなたたずまいだ。前出のふたりとは明らかに雰囲気が違う。たたずむ男は殺し屋である。彼の一族は代々殺しを生業としていた。
「いや、なんだかちょっと拍子抜けだな」 そう言って、男はたたずむ男を自分の車の助手席に乗せた。
 男は運び屋をして口に糊していた。 父親がなにで口に糊していたか、男は知らない。
「殺し屋だって言うから、もっと狂暴そうな奴を想像してたのに、あんたはまるっきり紳士じゃないか。大学出の銀行員って言ったって通るぜ」
 殺しといっても、彼らの一族は特殊な方法を用いて殺した。刃物も使わなければ、毒物を使うこともない。鍛え上げられた体術の使い手というわけでもない。
「まあ、くつろいでくれよ。ボロに見えるかもしれんが、まあ実際ボロいが、乗り心地は悪くないぜ」
 彼らは道具も、また力も使うことなく人を殺した。彼らに殺しを依頼した人々もその詳しい方法は知らなかった。ただ、彼らは道具も力も使わずに人を殺すということと、その標的を確実に死に至らしめるということ以外の一切を知らなかった。
「あんたは無口なんだな」
 彼らはその特殊な方法を自分たちの一族以外には決して口外しなかった。それを明るみに出そうとした者は容赦なく排除された。彼らは殺しのスペシャリストなのだ。
「まあ、いいさ。俺の仕事はあんたを目的地まで運ぶこと、あんたの仕事はそこで人を殺すこと、お喋りは契約に入ってないからさ」
 人はどんな理由で人を殺すのだろうか。
「あんたはお喋りしなくてもいいが、まあ俺の話すのを聞いてくれよ。相槌打つ必要も、頷く必要もないさ。喋ってないとどうも調子が出ないんだ。なんなら寝ちまってもかまわない。俺は俺で勝手に喋ってるからさ」
 人はどんな理由で生きるのだろうか。
「俺はガキの頃から何をやってもダメでさ。九九なんて今でも間違うくらい。ところが、車の運転なら誰にも負けなかった。そんで、運び屋になったわけ。運ぶものはなんでもござれ、医薬品も麻薬も、工具も銃も、善人も悪人も、依頼されればなんでも運ぶ。さて、あんたは善人かな、悪人かな。まあ、どっちでもないか。俺と同じ。俺は自分は善人でもないし悪人でもないと思ってる。そりゃ、まあ、たいていのものはそうかな」
 彼らは言葉で人を殺す。その言葉は、意味の凝縮された言葉だ。その言葉を体内に作るために、彼らは普段喋らない。意味を集め、圧力をかけて、致死量にまで凝縮した言葉、それを相手の耳へ流し込むことで殺すのだ。
「さて、長旅ご苦労、いや、あんたはこれから仕事に取り掛からなきゃならんのだから、ご苦労なんて言っちゃいられんかな?まあ、とにかく、あんたを送り届けるように指示された地点には着いたぜ」
 あまりに多くを知りすぎた運び屋は、ある人々にとってあまりにも邪魔な存在になっていた。
「こんな何にも無いところに、あんたの仕事なんてあるのかいな?」
 ある人々にとっては、それだけで人を殺す理由としては充分だった。
「口を開いたかと思えば、なんで」
 そして運び屋は死んだ。彼が最期に聞いた言葉がどんなものだったかはわからない。

No.141

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