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職人の手仕事

 その職人の手仕事の評価は揺らぐところのない確固たるもので、表彰を受けたことも一度や二度ではない。かなり大きな賞を受けたこともある。ところが、この職人、かなりの頑固者で、まあ昔気質というか、気難しいというか、それだけ有名人だから、その職人の手仕事を受け継ごうと弟子入りする若者もあるわけだが、その偏屈さ、頑固さにどの弟子入り志願者たちも三日ももたないで逃げ出してしまうのだ。
「ふん、あんな根性なしこっちから願い下げた」
 そんな具合に日々は過ぎ、職人もだいぶ歳を取った。体の節々は痛むし、目もかすむ。なにをするにもおぼつかなくなってきた。そろそろ引退という文字もちらつくが、そこは跡継ぎがいない。なにしろ弟子入り志願者たちはみんな逃げ出してしまうのだ。その技術を受け継ぐ人間がいないのだ。しかしながら、その職人の技術はまごうことなき本物で、しょぼくれてきたとはいえ誰も彼もが職人に仕事を続けてもらいたがるし、職人は職人でよろよろしながらも死ぬまで職人でいるんだと息巻いている。
 冷静な人たちは、さすがの職人もじきに寄る年波には勝てなくなるだろうから、その技術の継承者が必要になるだろうと考えた。しかし、どんなに辛抱強い人間でもその職人からは逃げ出してしまう。そこで、さる公的機関の出資により、職人の弟子になるロボットが作られることになった。外装は人間そのものである。もちろん職人にはこの事実は伏せられた。ロボットが弟子だなどとなれば何を言い出すか知れたものではない。
「ロボットなんぞに俺の技術を教えられるか」云々。
 ロボットは職人に弟子入りすると熱心に職人の技術を盗んだ。職人は技術は見て盗むものだというポリシーの持ち主なのだ。ロボットは機械の眼で職人の技術を見て、機械の指でそれを真似た。そう簡単に上手くはいかず、職人に罵倒されることもしばしばだった。ロボットは機械の耳でそれを受け止めた。
 一ヶ月が過ぎても新しい弟子が逃げ出さないのを見て、職人は感心した。根性があるじゃないかと。実際はただロボットのプログラムに逃げ出すという選択肢がなかっただけの話なのだが。
 こうして、ロボットの手仕事はどんどん向上していった。職人は別にそれを誉めたりはしなかったが、内心喜んでいた。次第に重要な仕事を弟子に任すようにもなった。
 そして、職人が死ぬ時が来た。
「あいつがいれば安心して死ねる」と職人は言った。 
 あいつとはロボットである。
 職人の死後、ロボットが職人の仕事を継いだ。職人の技術を継承したその手仕事の評価は確固たるものである。



No.939

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