戦争が終わった

 戦争が終わったという報せがもたらされた時、その土地の人々は一様に首を傾げた。 
「戦争?なんの話だ?」 
 その土地の誰ひとりとして、戦争が行われているということを知らなかったのだ。土地で一番の物知りの長老もそんなことは知らなかったし、目新しいことに敏感な若者たちの誰もそれを知らなかった。みな、顔を見合わせるばかり。報せ、それは小さな封筒に入れられていた、を持って来た郵便配達夫を捕まえて問い質してみても要領を得ない。 
「そんなこと言われても」と郵便配達夫は今にも泣きそうに「僕だって、そんなことは初耳ですよ」考えてみれば郵便配達夫も土地の人間で、彼はこの土地への配達物がまとめられて送られて来たのを各戸に配っているにすぎないのだ。 
 人々は戦争が行われていたという何かしらの証拠がなかったかどうか話し合った。そんなものはない、ということで意見はあっという間に一致をみた。現実的な話として、土地に入って来る物資が不足しただとか、土地から兵隊に取られた者がいたとか、逆に軍隊がやって来たとか、頭の上を軍用機が飛んで行ったとか、そういったことは一切なかった。人々はこれまでと変わらない生活を、これまでと変わらずに送っていた。 
 隣の集落へ行き、戦争について聞いてみてはどうか、という意見が出た。しかし、これはすぐさま却下された。そんなことも知らないのか、と蔑まれるに違いない。ただでさえ、日頃から田舎者扱いされて馬鹿にされているのだ。わざわざ恥をかきに行くようなものだ。 
「もしかしたら」とある若者が言った。「戦争は別に我々とは関係のない遠い場所でのことで、それが終わったのかも」
 世界では常にどこかで戦争が行われており、そのどれかが終わったのではないか、という。確かに、報せにはどの戦争とは書かれておらず、ただ「戦争」とだけ書いてあった。しかし、それならば、わざわざこの土地に報せを届ける必要があるだろうか。この土地に関係があったからこそ報せを寄越したに違いない。それに、常にどこかで戦争が行われているのなら、それが終わったといったところで、今も戦争を行っているところはあるはずだし、今まさに始まろうとしているところもあるだろう。それなのに、終わったということに意味があるだろうか。 
 そんなところに、隣の集落から人がやって来た。 
「戦争が終わったらしいね」土地の人々は隣の集落の人に言った。 
「ああ、終わったらしい。良かった良かった、これで平和になったね」と隣の集落の人は言った。 
「本当に良かった」人々は言った。「これで平和に暮らせる」 
 そして、人々は何の不安もない平和な日々を送るのだった。 


No.604

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