あなたしかみえない【オリジナルSS】
あなたしかみえない
これから先の全ての時間と金を使い込むと決めた。そうしないと守ることが出来ない。メッセージに返答はなく、私は慌てて上着を羽織り、家を出た。21時も回るというのに、まだ人通りがある。私は足を早めた。
よかった。部屋の灯りが点いている。無事でいてくれているようだ。スマホを見るとSNSの通知が来ていた。まだ落ち込んでいる様子に胸が締め付けられる。電話をかけるが、出ない。まったく、いつも無理をして笑うんだから。もっと頼っていいよと伝えているのに、あなたは甘え方を知らないで生きてきてしまった。ちょうどエントランスから人が出てくるので、入れ違いになるようにマンションに入り、エレベーターに飛び込んだ。10階まではすぐ、そこから長い廊下を歩き、部屋の前へ到着する。インターホンを鳴らすと、声はしないが応答したような機械音が微かに聞き取れた。
「心配だから思わず来ちゃったよ。大丈夫だから、顔見せてよ…。」
返答の代わりにSNSの通知音が鳴った。助けを求める投稿に愕然とする。こんなに近くにいるというのに助けられない?こんなに怖がって、可哀想に。もう一度インターホンを鳴らす。出ない。もう一度。堪らずドアを引くが、もちろん鍵がかかっている。
出会ってから1年、誰かをこんなにも思うのは初めてだった。あなたが私の手を両手で包み、「いつもありがとう」と笑いかけてくれたことは忘れていない。あなたは私にたくさんのことを教えてくれた。私の世界は見違えるように満たされたものになった。今度は私が返す番だ。ドアを叩き、声をかける。
「大丈夫だから!私がそばにいるから!」
泣いているんじゃないか、そう思うと涙が出そうだった。あなたの泣き顔はもう、見たくない。インターホンを鳴らし、ドアを叩く。すると廊下の奥から足音が聞こえる、それも複数人いる。足音の正体は3人の男で、こちらに勢いよく向かい、私をドアから引き剥がしてこう言った。
「犯人確保!」
遠くにあなたの姿が見える。近くにいたのに、あと少しだったのに。必ずまた会いに行くから。それまで待っていて。
End.
こちらは音声配信アプリRadiotalkにて開催中の
「#Radiotalk朗読チャレンジ」課題作になります。