見出し画像

美味しいを探して

 以前働いていた会社で、ある時冷蔵庫にタバスコが入っているのを見つけた。見つけた時はさして気にもとめなかったが、その後社内で雑談しているうちに、タバスコの持ち主は誰かという話になった。

 「私の!」と元気よく手を挙げたのはOさん。そういえば、休憩室をのぞいた時に、Oさんがコンビニのミートソースパスタを食べていて、その傍らにタバスコがあったっけ。彼女曰く、「タバスコってすっごくおいしいでしょ。何にかけても合うし。辛いだけじゃないんだよね、とにかくおいしい」らしい。

 ”辛いだけじゃなく、おいしい”なんて言葉にすると安い売り文句みたいだけれど、同僚から力説されると「そうかも」と思ってしまう。私はかなり人から影響を受けやすいタイプなので、話を聞いた後から脳内がタバスコ一色になってしまった。もちろん、それまでにタバスコを食べたことはある。辛いというよりちょっと酸っぱいような、独特のにおいのする調味料、くらいにしか思っていなかった。お店でパスタを食べる時、気が向いたら(そしてテーブルにあったら)かけるけど、自分で買って家で使ったことはない。

 しかしながらすでにタバスコは”おいしい”ものとして頭の中に再インストールされてしまった。”辛いだけじゃなく、おいしい”のだ。早く、早く買って食べてみなければ! どうせならOさんみたいに、コンビニのミートソースパスタにかけて食べたい。強い衝動に突き動かされ、いそいそとセブンイレブンへ向かった。あった!あったよタバスコ!、それにミートソースパスタも! 颯爽とレジを済ませ、速やかに帰宅した。

 いざ、実食!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん、んん・・この味、知ってる・・食べたことある・・前に食べた時と同じ味・・・!!!

 そりゃそうだろ、ともう一人の自分がつっこむ。そりゃそうだろ、他人のおすすめ話を聞いたところで、味が変わるわけじゃない。おいしさが増すわけじゃない。え?そうなの?おいしくなるんじゃないの?いやいや、まだおいしさにたどり着いてないだけじゃない?まだ辛さの奥にあるおいしさにたどり着いてないだけじゃない?

 確かに、時間がたって味覚が変わることはある。以前はおいしく食べられなかったものが、今はおいしいと思えるとかさ。でも、人からおいしいって話を聞いただけで、その食べ物がおいしくなるわけじゃない。なのに、「おいしいよ」って話を聞くと、知っている味のものでもとびきりおいしいもののように思えてしまう。食べたことがあるのに、そんなにおいしいと思っていなかったのに、自分はまだおいしさに気付けていないだけなんじゃ・・・、次はおいしいのブレークスルーが起こるかも!と思ってしまう。そして、おいしいのブレークスルーを期待して食べるんだけど、あれ、やっぱりそんなにおいしいと思えない・・とがっくりしたこと、今までも何度もあったはずなんだけどな。

 かくして”辛いだけじゃなく、おいしい”タバスコは今なお我が家の冷蔵庫に眠っている。あれから何度かチャレンジしているが、思い出した時に使う程度なので消費ペースが遅く、開封後時間がかなりたってしまった。そのせいか、最近は酸っぱさが増してしまったような気もする。それがおいしいの突破口になるのだろうか。しかしながら、タバスコ、おいしいのブレークスルーはまだない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?