田中里美
私の家に知らないおばさんがやってきた。
おばさんは死んだ魚の目をしていた。
「だれですか?警察呼びますよ!」
私が言うと、おばさんは言った。
「もう警察でも何でも呼んでください。逮捕してください。というかどうせならこの場で私を殺してちょうだい。ああ死にたい死にたい」
おばさんは随分とヒステリックになっていた。これが更年期というものなのだろうか。
「ど、どうしたんですか。とりあえず落ち着いてください。あなたの目的は何なのですか?」
「わたしは、どうすればいいのよお」
するとおばさんは急に泣き出した。情緒不安定である。
「一体何があったと言うのですか?言ってみてください。警察は呼びませんから。まあ私も暇なんでね。愚痴くらいなら聞いてあげますよ」
するとおばさんはしばらく泣いたのち、語り出した。
「私は40になるまで何も自分でなにかを努力して成し遂げるということを全くしてこなかったの。子供の頃から一切習い事もしなかった。親にさせてもらえなかった訳でもなく、ただ私がやらなかっただけ。周りの子たちがスポーツやピアノを頑張る中私はゲームばかりしてた。勉強は人並みにはできたんだけど大学受験の時は頑張りきれずに時々さぼって結局第三志望の大学にしか受からなかった。大学に入って一人暮らしをしてもだらけ放題で寝るか食べるかゲームをするかといった有様。サークルも何も入らずにスポーツもやった事もない。料理もしないで毎日コンビニのものを食べていた。在学中に何の功績も得られなかったから勿論希望の会社にも就職できなかった。そしてその後も何一つ何かに打ち込んだり努力したりすることをしてこないままこの年になってしまったの。本当に愚か者だわ。その自分の愚かさに嫌気がさして、私よりも駄目な人を見ていないと精神がどうにかしてしまうようになってしまったの。この人よりはましだ、私は底辺じゃない、って言い聞かせているのね。もうそんな自分も嫌になって、今までの人生に後悔しかなくて、子供の頃からやり直したいと思ったの。そうやって強く願っていたら、気が付けば30年前の世界にいたのよ」
「え、戻れたんですか!?よかったじゃないですか」
「よくないわよ」
「え?」
「戻れた?と思ったんだけど、私が30年前の世界に移動しただけで、身体は40歳のままだった。そしてここには30年前の私がいる。30年前の田中里美がね!」
「え、どうして私の名を?」
「それは私が30年後のあなた、田中里美だからよ!ああ、どうしましょう。この世界に私が二人。私はいらない人間。もうどこにも居場所はない」
「ええええええええ!?私こんなに老け顔のおばさんになっちゃうの!?」
「うるさいわね。そうなるのよ。もうこれは決まった運命なのよ。私はあなたが怠けたせいで、こうなったんだから。そうよ。あなたのせいよ。すべてあなたのせいよ!!」
おばさんは癇癪を起すと、キッチンから包丁を取り出し、私を刺そうとしてきた。
おばさんが私の頭上で包丁を振り上げ、もはやこれまでと思ったその時、突如としておばさんは姿を消した。まるで異次元へと吸い込まれて行くかのように。
私は怠けないようにしようと心に決めた。
数年後、私は大学受験を迎えた。あのおばさんのようにはならないぞ、と心に誓い、最初の方は勉強を頑張ったが一か月もすると私は勉強に嫌気がさし時々ゲームやYouTubeに逃げてしまうようになった。結果受験は失敗して第三志望の大学にしか受からなかった。これではあのおばさんと同じ結末になってしまうではないか!と思った私は親に泣きつき、浪人をさせてもらえることになった。今度の一年は心を入れ替えて頑張ろう、そう誓った。はじめの2か月は頑張った。しかし勉強を継続するのは非常に難しかった。受験間際の3か月は死ぬ気で頑張ろうと思い、それまでは少しゲームもして気を抜いてしまった。しかしいざ受験の3か月前になってみてもやる気はあまり出せず、結局ずるずると中途半端な気持ちのまま受験当日を迎えてしまった。結果は不合格。去年にも受かった第三志望の所にしか受からなかった。
そしてこの春、私はその第三志望の大学へ進学する。大学生になったら心を入れ替えて、勉強もサークルもアルバイトも全て全力で頑張ろうと思う。充実した4年間にしたい。いや絶対にしてみせる。