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【母校の卒業式に参列しました!】|群馬県安中市議会議員 うさみ誠

同窓会長として、母校である群馬県立安中総合学園高校の卒業式に出席しました。

午前中は全日制課程で夕方に定時制課程と2回の参列になります。

全日制では177名、定時制では4名の卒業生となり、厳かな雰囲気の中で盛大に挙行されました。

毎年、祝辞の内容を備忘として掲載していますので、今回も掲載させていただきます。

全国の高校生のみなさん、ご卒業本当におめでとうございます!

祝 辞

本日ここに、令和6年度卒業証書授与式がこのように盛大に挙行されましたこと、誠におめでとうございます。
同窓会を代表いたしまして、一言お祝いを申し上げます。 

卒業生の皆さん。本日はご卒業おめでとうございます。
また、ご臨席の保護者の皆様におかれましても、今日という日を迎えられましたこと、心よりお慶び申し上げます。

卒業生の皆さんは、今日までご家族の愛情に包まれ、また、多くの人々から
支えられ成長してこられました。

そして、これから皆さんは、この場所を巣立ち、就職、進学と進む道は違えど「社会」という新たな世界へと羽ばたいてゆかれます。
この社会は、今までとは比べ物にならないほど広く、そして長くみなさんが過ごしていく世界であります。

そこで、高校生活から社会に旅立たれる皆さんに、一編の詩を贈りたいと思います。私の好きな詩人である茨木のり子さんの「倚りかからず」という詩です。

倚りかからず

もはや できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて 心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目 じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば それは椅子の背もたれだけ

これは、作者が七十三歳の時に発表した、生前最後の詩集のタイトルにもなった作品です。かなり衝撃を受ける表現だと思いますが、みなさんはこの詩を聞いて何を感じたでしょうか。

晩年ということもあり、作者がこれまで生きてきた中での経験から思ったことをストレートに表現しているのかもしれません。ある種の覚悟も感じ取れます。

では、私たちは、すぐにこの生き方を実践できるのでしょうか。これからみなさんが、生きていく社会では、誰かに寄りかからずに生きていくことはほぼ不可能であります。
誰かに支えられ、そして時に誰かを支えながら私たちは生きています。これまでも、これからもです。しかし、この詩を聞いていると、倚りかかる、つまり、誰かに支えてもらうときに、果たして頼り切ってしまってもいいのか
と考えてしまいます。
「自分の耳や目、二本足でたつこと」に不都合なことがあるのかと私たちに
問いかけていると思いませんか。
「倚りかかるのならば、それは椅子の背もたれだけなんだ」という一つの決心、自分の中の軸のようなものを教えてくれているような気がします。

どうか皆さん、これからの人生の中で、大いに人を頼ってください。
私は、人を頼ることは悪いことだとは思いません。しかし、みなさん自身の
心の中で「倚りかかるとすれば それは椅子の背もたれだけ」という一言をいつも秘めていてほしいのです。

そうすることで、自分自身の軸が作られ、みなさんそれぞれの人生を歩んでいくことができるのだと思います。

結びになりますが、卒業生ならびにご臨席の皆様のご健勝とご多幸をご祈念申し上げまして、私からのお祝いの言葉とさせて頂きます。

本日は誠におめでとうございます。

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