2023.2 良かった新譜
Dano / ex. happyender girl / Falling In Reverse / GEZAN with Million Wish Collective / Inu / Runnner / Theophonos / TORIENA / 女王蜂
Dano - El hombre hace planes, Dios se ríe
(Mixtape, 2023.1.27)
スペインのラッパー / トラックメーカーによるミックステープ。ジャジーな演奏が揺蕩うオールドスクールなブーンバップ。メロウなトラックと、メロディーに馴染みつつも独自の存在感を発揮するDanoの発声が、煙たくて怪しい、けれども避けがたく蠱惑的な路地裏の空気と混ざり合う。据わった目のままラップし続ける、1時間以上のボリュームある作品だが、これが不思議と飽きを感じさせない。
ex. happyender girl - happy endergirl
(Album, 2023.1.28)
蝉暮せせせ / cicada_sssと初音ミクによる音楽サークルの2nd(旧名義から数えると7th)。2015年からhappyender girlとして活動し、2020年から現名義に改める。
90~00年代のオルタナティブロックとシューゲイザーを軸に、時折虚を衝くような前衛的表現で心を揺さぶるコンセプトアルバム。文学的な歌詞も相まって、インターネットネイティブ世代のPlastic Tree、という印象を受けた。特に#7「ストラトキャスト [2022.08.15 "still dreaming (hour) vol.1"]」の金属質なギターサウンドとやけっぱちなポップさは、プラとの類似性を強く感じさせる。
縦書きの歌詞は、蝉暮せせせ / cicada_sssと初音ミクの関係を綴っているようでもあるし、それに仮託した、全ての喪われたもの(あるいは初めから存在しなかったもの)のためのレクイエムのようでもある。アルバムのカギとなっているのは、詞の中で、「 」内の内容は歌われないという仕掛け(#2「リマインドミー! [forget me]」に至っては丸々一曲それである)。カッコが閉じられていない#8「ghost 2 [u]」は全編通常通り歌われるのも、#9「その後の少女たち [afterwords]」で最後のある言葉だけが歌われるのも意味深だ。それは記憶の中で薄れていく誰かの声? 自発的には言葉を発さない誰かの、聞こえるはずのない声?
Falling In Reverse - Watch The World Burn
(Singln, 2023.1.31)
Ronnie Radke(Vo)率いるラスベガスのポスト・ハードコアバンドによる最新シングル。2018年の「Losing My Mind」以来続いてきた、トラップとメタルコアを融合させたシネマティックな方向性の、一つの完成形と言える楽曲。
このnoteでは、基本的にシングルは取り上げず、アルバムないしEPを取り上げるようにしてきた。が、この「Watch The World Burn」については、どうしても言及したくなるインパクトがあった(まあ、彼らがアルバムをリリースする気配がないというのも要因ではあるが)。
それでは早速、この楽曲について語っていこう。…いや、正直何を語ってもしょうがない。とにかく、まずはMVを一度見てくれとしか言いようがない。圧倒的な資本と技術でオーディエンスをぶん殴り、あらゆる批評を無力化してしまう、MCU作品のような巨大さ。
Ronnie Radkeの異常なラップスキルの参照元は、明らかにエミネム、というか「Rap God」。焦らしに焦らして数バースを蹴った後に、エモいクリーンボーカルで疾走、スイープを取り入れたギターソロの後に、ブレイクダウン…言葉にすると本当にそれだけのシンプルな楽曲なのだが、全てのパートが極めて高い水準でまとめられている。1分35秒から1分55秒のサビ入りまでは、メタルコアの歴史で最も鮮烈な20秒間だろう。
約20年の活動を経て、今キャリアハイの創造力を爆発させているRonnie Radkeは、一体どこまでシーンを蹂躙し尽くすのか。シーンきっての「問題児」であり、ヒール的な立ち回りも見せる彼の暴れっぷりを、「ザ・ボーイズ」に登場するヒーロー達の暴走に背筋を凍らせながらどこか心踊らされてしまうように、楽しみにしている自分がいる。
GEZAN with Million Wish Collective - あのち
(Album, 2023.2.1)
2020年の大傑作「狂(KLUE)」以来3年ぶりとなるGEZANの6thアルバムは、15人のコーラス隊・Million Wish Collectiveとの連名作となった。
コロナ禍寸前、混沌とした時代への予感に満ちた「狂(KLUE)」。怒りや葛藤がシームレスなビートの上でのたうち回り、11曲目の「東京」で臨界点を迎える。その制作を「いろんな背景を『東京』のために作っていくような作業だった」とバンドのフロントマンであるマヒトゥ・ザ・ピーポーは語った。
「狂(KLUE)」が「東京」を頂点とした作品ならば、「あのち」にとってのそれは7曲目の「萃点」だろう。グラデーションで異なる全ての生活を無秩序に塗り潰すリアルタイムな暴力に、それぞれの吠える声は徐々に高まり、一つの点に交わる。ただ、本作が前作のそれと決定的に異なっているのは、その頂点がゴールではなく、折り返し地点に過ぎないということだ。「狂(KLUE)」は絶頂の余韻が醒めやらぬままにインタールードを挟み、微かな希望を感じさせる「I」で幕を閉じるが、「あのち」にはまだ6曲分、語るべき言葉がある。
「BODY ODD」のパフォーマンスにおいて度々GEZANと共演している呂布カルマは、楽曲「オーライオーライ」において、こんな印象的なフレーズをラップしている。「神様が僕にだけ秘密で教えてくれた呪文 / 世界中の人が幸せになる代わりに 歌うことなくなるよう」...アーティストが抱える矛盾を暴いたこのラインを初めて聴いた時には、ハッとさせられた。ある種の真理だろうとすら思った。
「あのち」は、これに対する一つのアンサーのようなアルバムだと言えるのではないだろうか。GEZANが怒りながら同時に歓喜や愛、希望をも歌うのは、怒りの尽きた世界で芸術を為す意味を見出す行為でもあり、そしてそれは逆説的に芸術が怒ることの正しさを証明している。例えそれが軽薄に見えるぐらい芝居がかったものでも、模倣や再演に過ぎないものだとしても、だ。
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2022年3月、日比谷野音にてGEZANのライブを観た。ライブ終盤、ヒートアップした観客が禁止されていたモッシュを始め、それをマヒトが制するシーンがあった。その、怒りとも説教とも違う、むしろ微かに共感を滲ませるような声色が印象的だった。
共同体として生きるということは、自身だけではどうすることもできない力に身を委ねるということでもあるだろう。その暴力がどれだけ我々を苦しめてきたか、GEZANはよく知っているはずだ。それでも彼らは大きなステージに立つことを選んだ。人と人との関わりが生む大きなうねりに、光を見出そうとした。その営みの現在地を、他でもない人間の身体から発せられる声で示した「あのち」。そしてそれを受け取った我々はどこへ向かうのか。語り部は、遠い遠い未来から、あるいはすぐ目の前に迫った明日から、じっとこちらを見つめている。
Inu - 夢の翳り
(EP, 2023.1.31)
yuqueのメンバーとしても活動する日本のプロデューサー / トラックメイカーによる1st EP。
2021年のPorter Robinson「Nurture」、2022年のKAIRUI「海の名前」に続く自然派エレクトロポップの傑作。yuqueで共に活動するUztamaとも邦ロックの先の延長線上で共振する。よく晴れた夕方の帰り道のように懐かしくてあたたかくて切ない。
聴き進めながらふと、自分が熱心にライブに通い詰めていたアイドルグループ・CY8ERが、武道館で解散せずにエクスペリメンタルな方向に進化したパラレルの2023年を想像してしまった。Yunomiのサウンドに魅せられた2018年の自分に、Kawaii Future Bassの先にこんな美しい音が鳴る未来が待っていることを、こっそり耳打ちしたくなる。
Runnner - like dying stars, we're reaching out
(Album, 2023.2.17)
LAのシンガーソングライター・Noah Weinmanによるプロジェクトの、Run For Coverからのデビュー作。
American Football〜Owen〜Bon Iverのラインを繋ぐ、超美麗音響エモフォーク。ただ、アメフトがあの「例の家」を飛び出して天空に向かっていったのに対して、本作は星々に思いを馳せつつも地に足が付いている。カントリーな音色が感じさせる確かな手触りが心地良い。春の陽光の下でこのアルバムを聴く日が待ち遠しい。
Theophonos - Nightmare Visions
(Album, 2023.2.15)
ワンマンブラック・Serpent Columnとしての活動でも知られるJimmy Hamzeyによる新プロジェクトの1st。
過去のnoteでも度々言及している通り、Serpent Columnの「Endless Detainment」は僕のオールタイムベストの一枚だ。そのSerpent Columnが終了し、新たに立ち上げられたのがこのTheophonos。期待を込めて再生する。ブラックメタルのドス黒さとマスコアの狂騒を掛け合わせたサウンドは保ちつつ、苛烈なブラストビートや音響実験は鳴りを潜め、官能的なハードコアが展開される。なるほど、リズムとリフを聴かせるバンドであるという点では、カオスが目的化されていたSerpent Columnとは棲み分けがされているようだ。…と思っていたのだが、徐々にその演奏は理性を失っていき、アルバム終盤ではやはり混沌とした闇の渦に引き摺り込まれていく。差別化を図ったというよりは、Serpent Columnを呑み込んだ、より包括的なプロジェクトと言った方が適切かもしれない。「Serpent Columnらしさ」が、Theophonosの中ではメリハリの一つとして回収されている。今後の作品にも期待したい。
TORIENA - BLOOD DEBUG
(Album, 2023.2.16)
東京を拠点に活動するプロデューサー / トラックメーカーによる9th。
2020年の「PURE FIRE」でのスタイルチェンジ以降、毎年優れたアルバムをリリースしている彼女は、まだまだ確変状態継続中。かつてないダークな世界観が徹底された本作は、必ずしもアルバムリリースを要求されないであろうシーンにおいて、作品主義的な在り方のクールさを示す。
個人的に気になるのは、リードトラックである#2「毛細血管」において、メタルコア的なテクスチャが取り入れられてる点である。2021年以降、Falling Asleepをはじめとするメタルシーンのバンドとの共演を複数回経た彼女が(3月3日にリリースされたFalling Asleepのアルバムにも客演参加している)、現場で得たものを取り込んでいるのだとしたら、その貪欲さが彼女のカッコよさなんだと思うし、ステージとスタジオを往復するミュージシャンとしてこの上なく理想的なキャリアの重ね方だと言えるのではないだろうか。
女王蜂 - 十二次元
(Album, 2023.2.1)
日本のロックバンドの9th。「チェンソーマン」を始めとするアニメタイアップや、アヴちゃん(Vo)のアニメ映画「犬王」主演など、ここ数年は話題に事欠かなかったが、フルアルバムのリリースは実に3年振り。
歪んだギターがほぼ鳴らない前作「BL」の禁欲的なトーンとは打って変わって、「十二次元」は出し惜しみなし、手札全切りのオルタナ曼荼羅。雅楽ダンスポップからオーケストラトラップ、はたまた残響系ギターロックまで、やりたい放題の12曲44分だ。
日本のロックのメインストリームからは、女王蜂はどこかおかしなバンドと思われることもあるだろう。音楽性はもちろん、メンバーのミステリアスな佇まいも、描き出す世界の粘り気の強さも。しかし、ロックがその拡張性で特徴づけられるジャンルだとすれば、女王蜂こそがシーンの真ん中に居るべきだと思う。同時に、女王蜂には何かを背負わずに何にも縛られずに在って欲しい。そもそも、変なのは固着しすぎているシーンの方だろう。このままどこまでも突き抜け続けて、時代を焦らせるまでに至れば痛快だ。