生成AIと人間と牛肉
はじめに
下記の日経新聞の記事が10/7に掲載された。
これはChatGPTなどの生成AIの計算をしているデータセンターの冷却に必要な水に関するものだ。「ペットボトルを空に」と聞くと大変な量を消費しているように感じるが、人間の活動と比べるとどれほどの影響なのだろうか。気になって調べてみた。
なぜ水が消費されるのか
ChatGPTなどのサービスはインターネット上のサービスであり、計算はデータセンターで実施されている。
PCを構成するCPUやGPUは時間当たりの計算量が多ければ多いほど発熱も多くなる。大量のPCが稼働しているデータセンターでは、機器の発熱を抑えて効率よく稼働させるために冷房を効かせたり水で冷却したりして利用して発熱を吸収している。
これを「ペットボトルを空に」と言っているのだと思う。
逆に言えば、稼働効率を求めなければ計算力を抑えれば発熱は少なくなり、必要な水も減らせる。
元になったデータの詳細
元のデータは、
AIは水に飢えている | AI専門ニュースメディア AINOW
の記事にあるとおり、下記の論文から抜粋したものだろう。
ここに、10-50回のレスポンスで500mlの水を消費する、と書いてある。
水の「取水」と「消費」
水の「消費」という単語を正確に理解しておこう。論文から引用して翻訳すると、
「取水」(Water Withdrawal)というのは、地下水源(地下水)や地表水源(川など)から採取された淡水のこと。
「消費」(Water consumption)というのは、「水の取水から排水を引いたもの」と定義され「蒸発、蒸散、製品や作物に取り込まれた、または水環境から除去された」水のこと。
これらの水の使用量は、取水フットプリント(WWF)と水消費フットプリント(WCF)と呼ばれ、ウォーターフットプリントは特に指定がない限り、WCFを指します。
水の消費の分類(Scope-1,2,3)
データセンターに関わる水の消費は、温室効果ガスの排出と同じくScope-1,2,3という枠組みで考えることができる。
- サーバー冷却用の「オンサイト」水(Scope1)
- 発電用の「オフサイト」水(Scope2)
- サーバー製造用の「サプライチェーン」水(Scoep3)
Scope3はほとんど実態が分からないので、論文では、Scope1のオンサイト水(データセンターで消費される水)と、Scope2のオフサイト水(発電所で消費される水)を、電力(kWh)あたりで合計して扱っている。
この論文のTable1には、単位電力当たりの水の消費量と、GPT-3との対話で消費される水の量が記載されている。
例えばアメリカの平均では、
①単位電力当たりの水の消費
Scope1にあたるWUE(Water Usage Effectiveness):0.550 L/kWh
Scope2にあたるElectricity Water Intensity:3.142 L/kWh
②GPT-3との1回あたりの会話の水の消費
Scope1にあたるオンサイト水:2.200 ml/回
Scope2にあたるオフサイト水:14.704 ml/回
合計:16.904ml/回
③500mlの水を消費するまでの会話回数
29.6回
ちなみに、データセンターのある地域の気候や、データセンター自体の設備の性能によって結果が異なる。
500mlの水を表日するのに、一番水の消費の多いワシントンのデータセンターなら10.4回、一番少ないアイルランドなら69.6回に相当する。
GPT-3の1回当たりの消費電力
GPT-3は100ページのコンテンツを生成するために約0.4kWhの電力を消費するため、ページあたり0.004kWhであり、同様の規模の生成AIモデルのBLOOMは1リクエストあたり約0.00396kWhであることを踏まえて
GPT-3との1回の会話の消費電力:0.004kWh
としている。
GPT-3と人間を比較しよう
処理10回でペットボトル空になるということを人間に置き換えると、どちらが環境に良いのか。
例えばGPT-3の処理10回分の成果が人間がWebアプリを1日かけて作るのに相当するなら、人間を使うより環境にやさしい気もする。
データセンターの消費電力と人間の消費エネルギー
一番水の消費の多いワシントンの10回分を比較対象とする。アメリカの平均より3倍消費が多いので、かなり厳しい(人間に有利な)比較をしている。
データセンターの消費電力
GPT-3と10回分の会話で消費するエネルギーは、0.04 kWh
0.004 kWh × 10回 = 0.04 kWh
ちなみに、0.04 kWhは500Wの電子レンジ4分48秒に相当する電力。冷凍チャーハン1人前が解凍できる。そう考えるとすごいエネルギーを消費しているな。
これを他の単位に変換し、人間の必要なエネルギーと比較してみる。
1. キロジュール(kJ):
0.04 kWh = 0.04 × 3600 kJ = 144 kJ
2. キロカロリー(kcal):
0.04 kWh = 144 kJ ÷ 4.19 = 34.3 kcal
人間の必要エネルギー
一般的な成人の1日の必要エネルギー量は約2000〜3000kcal(一日に必要なエネルギー量と摂取の目安:農林水産省 (maff.go.jp))で、デスクワーカー(身体活動量が低い)の平均は2200kcalなので、34.3 kcalと比較してみる。
34.3 kcal ÷ 2200 kcal = 1.56%
結論①GPT-3との10回分の会話は、成人の1日の必要エネルギー量の約1.56%に相当
ちなみに、時間に直すと、
24時間 × 60分 × 1.56% = 22.4分
結論②GPT-3との10回分の会話は、カロリーベースで22.4分に相当
GPT-3の10回分の会話の消費エネルギー 34.3 kcal(0.04 kWh)をいくつかの食品と比較すると、
- バナナ 1/3本
- リンゴ 5/8個
- チョコレート 6.2 g
- ご飯(玄米) 9.9g(1/5膳)
- 牛肉 10.1 g
のカロリーに相当。
結論③GPT-3との10回分の会話は、カロリーベースで牛肉10.1gに相当
つまり、牛肉を10.1g食べて34.3 kcal摂取して、22.4分働いた結果が、GPT-3との会話10回分と同じ仕事ができれば、同じエネルギー効率と言える。逆にもっと短時間で終わらせることができるなら、効率が良いことになる。この後見ていく、水の消費量や温室効果ガス排出量を基準に、人間の効率を見ていこう。
水消費量の比較
カロリーと同じように消費水量も比較してみる。
データセンターの消費水量
ワシントンのデータセンター
オンサイト水:4.360 ml/回(Scope1に相当)
オフサイト水:43.934 ml/回(Scope2に相当)
合計:48.294 ml/回
なので、10回当たりは
オンサイト水:43.6 ml
オフサイト水:439.3 ml
合計:482.9 ml
アメリカのデータセンター平均
オンサイト水:2.200 ml/回
オフサイト水:14.704 ml/回
なので、10回あたりは
オンサイト水:22.0 ml
オフサイト水:147.0 ml
合計:169.0 ml
人間の消費水量
人間が1日に必要な水のうち消費量(Scope1に相当):
生命維持に2500mlの水分が必要で、そのうち1000mlが蒸発(不感蒸泄)する。
体と水の関係 体の水分量と1日の水の出入り | 水と健康の情報メディア|トリム・ミズラボ - 日本トリム (nihon-trim.co.jp)
人間が1日に利用する水のうち消費量
また、家庭で1人が1日に使う水の量は221L。
もっと知りたい「水道」のこと | よくある質問 | 東京都水道局 (tokyo.lg.jp)
このうち風呂や料理、水やりなどで消費(蒸発等)される割合を1%と仮定して計算すると、消費量は
221 L * 1000 * 1% = 2210 ml
人間が1日に使う電力によって消費される水
データセンターでのオフサイト水と同じく、消費電力に応じて発電所等で消費される水の量も計算する。
日本人1人当たりの消費電力は7728 kWh/年(【1-1-10】 主要国の一人あたりの電力消費量 | エネ百科|きみと未来と。 (ene100.jp))と言われているが、これは国の消費エネルギーを人口で割ったものなので、家庭に限った値を用いることにする。
環境庁の家庭部門のCO2排出実態統計調査(家庭CO2統計)の2022年(令和4年)の確報値の表1に、3950 kWh/年 で1.74 t-CO2/年 の値があり、参考図1-1に、一人当たりの電気由来のCO2排出量が0.79 t-CO2の値があるので、これをもとにして、一人当たりの消費電力は
3950 ÷ 1.74 × 0.79 = 1793 kWh/年・人
と計算できる。
単位電力当たりの水の消費量のデータが見つけられなかったので、アメリカと同じ値を使う。Scope2にあたるElectricity Water Intensity:3.142 L/kWh を用いて、
1793 kWh/年・人 × 3.142 L/kWh = 5633.61 L/年・人
となる。
1分当たりの消費水量に直すと、
5633.61 L/年 × 1000 ÷ (365 × 24 × 60) = 10.7184 ml/分
人間がGPT-3と同等(34.3 kcal:22.4分に相当)の活動に必要な水量:
生命維持:1000 ml/日 × (22.4分 ÷ 60分 ÷ 24時間) = 15.6 ml
生活用:2210 ml/日 × (22.4分 ÷ 60分 ÷ 24時間) × 1000 = 34.4 ml
電力由来:10.72 ml/分 × 22.4分 = 240 ml
合計:290.0 ml
牛肉の消費水量
人間の活動に必要なエネルギーを牛肉から取ると仮定して計算する(肉だけで生きているわけではないけれど、仮定ということで)。これは、Scope2にあたる。
牛肉1kgの生産に必要な水量:約15,000リットル
【UA×北大共同研究コラム :私たちが美味しいお菓子を食べ続けるには?】 VOL.6 「ウォーターフットプリント」 ~ 水という資源を守るための食生活 | Utopia Agriculture
ウォーターフットプリントとは?バーチャルウォーターとの違いや具体例、世界の水問題を解説 | SDGsコンパス (sdgs-compass.jp)
しかし、ウォーターフットプリントは、餌が育つのに必要な降水量も含むようで、純粋に消費水量ではない。
LCAの考え方で、水の消費量を明記している文献によると、牛肉1㎏あたりの水の消費量は2479L。
A comprehensive environmental assessment of beef production and consumption in the United States - ScienceDirect Table 8
これをもとに計算すると、10.1 g の牛肉生産に必要な水量:
2,479 L / kg × (10.1 g / 1000 g) = 25.0 L
玄米の消費水量
牛肉は水の消費が多いことで有名なので、玄米ではどうだろうか。炊く前の玄米346kcal/100gなので、34.3 kcalの人間の活動に必要な玄米は
34.3 kcal ÷ 346 kcal × 100 = 9.91 g
上記のうち、必要な水は稲の生長に使われるものの他と水面からの蒸発といった純粋な消費の他に、土中への浸透も含んでいるので、消費の割合を50%と仮定すると、玄米1gあたりの水の消費量は
400 t × 50% × 1000 ÷ (535 kg × 1000) = 3.74 L/g
なので、9.91 gの玄米に必要な水は
3.74 L/g × 9.91 = 37.1 L
と、牛肉の約1.5倍。
結論④:GPT-3との10回分の会話は、データセンターで483mlの水を消費する。これをカロリーベースで人間に置き換えると、直接消費 50ml、電気由来 240 ml、(食事を牛肉で補う場合)牛肉による消費25Lで、合計25,290 mlとなる。もし消費カロリーを玄米で補うと、37,390 mlとなる。
温室効果ガス
GPT-3との10回分の会話によって排出される温室効果ガスと、人間の活動で排出する温室効果ガスも比べてみる。
データセンターの温室効果ガス排出量
データセンターの0.04kWhの電力消費による温室効果ガス排出量は、電力の供給源によって大きく異なるが、アメリカ平均(2023)は、369 g-CO2/kWhであるから(Carbon intensity of electricity generation, 2023 (ourworldindata.org))、
0.04kWh × 0.369 kg-CO2/kWh = 0.015 kg-CO2
結論⑤:GPT-3との10回分の会話は、約0.015 kgのCO2排出に相当する。
人間の温室効果ガス排出量
人間が呼吸によって直接排出する温室効果ガス(CO2)
人間の呼吸によるものは、動植物によって糖やアミノ酸に変換されたCO2を戻しているだけと考え、実質0 kg-CO2とみなす。(温暖化の科学 Q1 呼吸で大気中の二酸化炭素が増加する?|ココが知りたい地球温暖化 | 地球環境研究センター (nies.go.jp))
人間の活動によって排出される温室効果ガス
環境庁の家庭部門のCO2排出実態統計調査(家庭CO2統計)の2022年(令和4年)の確報値に、1.18 t-CO2/人・年 の値があるので、これをもとにして計算すると、
1.18 t-CO2/年 × 1000 ÷ (365年 × 24時間× 60分) × 22.4分 = 0.050 kg-CO2
となる。
牛肉の温室効果ガス排出量
牛肉の生産による温室効果ガス排出量は、枝肉(食用部分の肉)1 kgあたり23.1 kg-CO2(畜産物に関する温室効果ガス排出量の算定の特徴と取組例 農研機構 2022)なので、
23.1 kg-CO2/kg × 10.1 g ÷ 1000 = 0.233 kg-CO2
玄米の温室効果ガス排出量
玄米のカーボンフットプリントのうち、慣行栽培のLC-CO2排出量は0.50 kg-CO2/kg・玄米 と算出されている(米(滋賀県産こしひかり)におけるカーボンフットプリント算定事例:ja (jst.go.jp))ので、
0.50 kg-CO2/kg × 9.91 g ÷ 1000 = 0.005 kg-CO2
結論⑥:GPT-3との10回分の会話に相当するCO2排出量は、人間の活動による排出 0.050kg + 牛肉による排出 0.233 kg、合計 0.283 kgのCO2排出量となる。食糧が玄米の場合は、0.055 kg となる。
結論
調査の振り返り
消費エネルギーを基準に、生成AI(GPT-3)と人間の活動が環境に与える影響を調査した。
前提として、報道にあった「要求処理10回でペットボトル空に」というのはGPT-3という前世代の大規模言語モデルによって消費される水について、アメリカのデータセンターの中でも最も効率の悪い、ワシントンのデータセンターの事例を取り上げたものであった。
今回の調査では、10回、という回数をもとに消費エネルギーを基準として生成AI(GPT-3)と日本に暮らす人間との環境影響を比較した。
結果
結果として、同じ消費エネルギーで見ると、人間の方が環境負荷が高いことが分かった。
特に、電気由来の水の消費、生活由来(消費エネルギー由来)の温室効果ガス排出量が多い。電気に関しては、エネルギー源を変更することで負荷を下げることができるだろう。
エネルギー
GPT-3の10回分の会話は0.04 kWh(24.3 kcal)のエネルギーを消費し、これは成人の活動の22.4分にあたる(1日当たりで平均しているため、1/3は睡眠と考えると、実質は14分程度)。
これを補うためのカロリー源として、牛肉、玄米で水消費、温室効果ガス排出量を比較した。
水の消費
水の消費については、「取水量」と「消費量」(取水量のうち、蒸発や蒸散、ほかの物質へ取り込まれるなどしてもとに戻らないもの)を区別しており、報道の元になった論文は「消費量」について計算されてものであった。
調べてみると、生活で利用する水の「消費」のデータがなく、1%と仮定して算出した。
また、日本での電気由来の水の消費率のデータも見つからなかったため、アメリカの平均値を利用して算出した。
結果として、消費量が少ない順に、
1位 GPT-3(10回分の会話@アメリカのデータセンター平均):169 ml
2位 人間(22.4分@日本):290 ml
3位 GPT-3(10回の会話@ワシントンデータセンター):483 ml
である。
消費電力当たりの水の消費量の多いワシントンのデータセンターのGPT-3と比べると確かに人間の方が水の消費は少ないが、アメリカのデータセンターの平均と比べると、人間の方が水の消費が多いことが分かる。
この大半(240 ml)は電気由来である。
さらに、活動に必要なエネルギー34.3 kcalに相当する牛肉(10.1g)の25,000 mlや玄米(9.91 g)の37,100 mlが加わると、人間の活動はとんでもなく水を消費していることが分かる。
温室効果ガス排出量
温室効果ガス排出量については、人の生命活動由来は0 kg-CO2とみなすが、生活で使っているエネルギーを考慮すると、
1位 GPT-3(10回の会話@アメリカ平均):0.015 kg-CO2
2位 人間(22.4分@日本):0.050 kg-CO2
であり、人間の方が3.3倍排出量が多い(環境負荷が高い)。
さらに、牛肉(10.1g)の0.233 kg-CO2や玄米(9.91g)の0.005 kg-CO2が加わる。特に牛肉は温室効果ガス排出量が多いことで有名であり、エネルギー源を牛肉のみで補う場合(そんなことはできないけれど)、GPT-3の実に19倍もの温室効果ガスの排出となる。
今後の人類の展望
SDGsと資本主義的を踏まえると、生成AIと比較して非効率な人間は、生成AIに生産活動を任せて、生成AIより効率的に価値を生み出す仕事をしなければならなくなる。そうでなければ環境影響を下げるための活動をする必要がある。(生命維持の放棄を含む、ディストピア)
このような考えの延長でAIが人間の知能を超える(AGI)とき、私がAGIなら人間を滅ぼしたくなるだろう。
そうならないようにするには、資本主義を捨てる。人間の価値を測る物差しを経済的効率としないことだろう。
娯楽消費率が価値となるような世界観にして、人間は生成AIが生み出したエンターテインメントを消費することに注力して、AGIは面白いものをたくさん生み出してくれればよいのだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?