社会的動機から異分野交流の先行事例をまとめてみた
初めまして、阿部と申す。https://academist-cf.com/fanclubs/311/progresses/3370?lang=ja#documentBody
こちらの記事を、noteにもペースト致す。
「京大発 専門分野の越え方―対話から生まれる学際の探求」という本のp94で、高梨克也先生が、学術的動機、個人的動機、社会的動機、という話をされていた。今回は、社会的動機色強めに、異分野交流の先行研究をまとめてみたので、共有いたす。
「原因と結果」の因果関係が、多様な学問領域・時間スケール・空間規模にまたがり、問題自体の定義が難しいようなグローバル・イシュー[1]に始まり、人類が抱える問題や社会が複雑化している。そして、例えば資源の枯渇や地球温暖化などの困難な課題を克服するには、エネルギー分野や地球科学分野だけでなく、あらゆる専門分野の知恵を結集することが求められる。
さらに、内閣府の第六期科学技術・イノベーション基本計画[2]では上記の問題に加えて、国際競争力や少子高齢化といった自国問題の観点から、自然科学と人文・社会科学を融合した「総合知」の重要性を説いている。実際、⼈⽂・社会科学の価値発⾒的な視座を取り込むことを目的に、25 年ぶりとなる科学技術基本法改正の⼀つの柱として「⼈⽂・社会科学」の振興が法の対象に加えられている。このような時代背景の中で、異分野交流の必要性が高まっている。
しかし、異分野間のコミュニケーションには、様々な困難な状況が見受けられる。学問の背景にある基礎的な知識の不足の問題だけでなく、一般語のレベルで意味や印象の違い[3]や文化の違い[4]が存在する。実際に、様々な分野の専門家の協働を観察した天野らによると、「分野の文化」の相違に起因するずれや衝突が日常的に発生していたことが示唆されている[5]。また藤垣は、学際研究遂行の障害を、ジャーナル/分野共同体においてオリジナルな知識として承認される暗黙の前提や妥当性要求の方向の違いに見出しいている[6]。
したがって、研究者においては、分野の異なる人たちの背景を理解し、考えを共有する能力が求められていると言えよう。こうした人材育成のニーズにより、学際的研究能力を獲得することを目的とする学際教育カリキュラムを遂行した事例が複数報告されている。大阪大学の超域イノベーション博士課程プログラムにおいては、異分野協働やコミュニケーションなどの資質や能力を含むTransferable skills に着目し、異分野コミュニケーションを通して、「分野を超えた広い文脈の中で自身の研究分野をメタ的にとらえ直し表現できる」ようになることを目標にリサーチデザインの講義を行っている[7]。
また、京都大学総合人間学部では、主専攻のほかに副専攻の制度を設け、卒業論文の発表においては、異なる専攻の学生に自身の研究を発表し議論を行う「研究を他者に語る」会への出席を必須としている。また、学際教育をどのように設計し高等教育カリキュラムにどのように取り入れるのか、に関する議論が海外にも多く存在し、 世界的にも共通の関心事項となっている[8][9]。
一方で、上記で述べた高等教育カリキュラムのようなフォーマルな場で実現される異分野交流の事例だけでなく、大学や学生組織、企業などが提供する参加の自由度が高いインフォーマルな場で実施される事例も存在する。京都大学では研究のコラボレーションを目的とした「100 人論文」というイベントが学際融合教育推進センターによって開催されている。このイベントは、参加者が匿名でテンプレートに沿って研究テーマを掲示し、匿名で意見交換をした後、意見交換をしたもの同士が連絡先を交換できるようなweb サイトにつなげる仕組みになっている[10]。さらに、COVID-19パンデミックのなかで、オンラインコミュニケーションツールを⽤いた実践も⾏われている。
また筑波大学では「つくば院生ネットワーク」という大学院生を主体とする任意組織が、多分野の大学院生や教員に 異分野コミュニケーションの場を提供することで,同時にこの企画をきっかけとした異分野協働研究・プロジェクトが発生することを期待し「プレゼンひろば」という企画を実施している[11]。またリバネス株式会社が企画する超異分野学会[12]では、研究者だけでなくビジネスマンも巻き込んだ交流が行われ職業という観点からの越境も含まれた異分野交流がなされている。
こうしたインフォーマルな場での異分野交流は一過性が高いことから参加のハードルが低いため、より多くより多様な人を巻き込むことができる可能性が高い。また、フォーマルなカリキュラムで異分野交流の実現をするにあたって「表層的なスキル取得に関心や研究時間を浪費するだけ」といったファカルティからの反感が強く、機関やファカルティに対して、専門研究の品質の低下がなく学位取得までに余計な時間がかかってしまわなないようなカリキュラム編成と説得説明が必要であるという課題が存在する[9]。生涯学習においてノンフォーマル教育という言葉が、1960年代の教育の多様化や1970年代の貧困や社会問題を解決あるいは産業国において硬直化した学校教育ではすくいきれない教育的ニーズに対するものとして扱われていることから、インフォーマルな場での異分野交流の実施方法を探ることは、上記のファカルティの協力の課題などの観点から一定の価値が存在するといえよう。
[1] 村瀬雅俊, 村瀬偉紀, & 村瀬智子:学びと遊び の原点に迫る--自己・非
自己循環理論の視点から. クオリティ・エデュケーション: 国際教育学会
機関誌, 8, 23-52, (2017)
[2] 内閣府. 第六期科学技術・イノベーション基本計画 2022-03-26
https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index6.html (参照 2023-1-
12)
[3] 濱崎雅弘, 沼晃介, & 田中克明:異分野越境型 プロジェクトにおけるコ
ミュニケーションとコラボレーションに関する一考察. In 人工知能学会全
国大会論文集 第26回 (2012)
[4] 今井晨介, 尾上洋介, 宮野公樹, 日置尋久, &小山田耕二:異分野融合の
促進に資する学術分野の文化比較結果の可視化. 可視化情報学会論文集
(2017)
[5] 天野麻穂,片岡良美,川本思心:学際研究プロジェクトにおける異分野研
究者間コミュニケーション-インタビュー調査によるプロジェクト維持要
因の仮説作成-,科学・技術・社会 29. p51-p68 (2022)
[6] 藤垣裕子:学際研究遂行の障害と知識の統合: 異分野コミュニケーション
障害を中心として. 研究 技術 計画, 10(1_2), 73-83. (1996)
[7] 標葉靖子,平井啓:学際的大学院教育におけるリサーチ・デザイン授業の
試み. 日本教育工学会論文誌, 40(Suppl.), 69-72.(2017)
[8] Power, E. J., & Handley, J.:best-practice model for integrating
interdisciplinarity into the higher education student experience.
Studies in Higher Education,44(3), 554-570.(2019)
[9] 標葉靖子:米国における科学, 技術, 工学, 数学 (STEM) 分野大学院生
への科学コミュニケーショントレーニングの取り組み: AAAS 2014 年次大
会報告事例からの日本への示唆. 科学技術コミュニケーション, 16, 45-
55.(2014)