無神経の城を築いたのは私達なのかもしれない
学生時代、自己中な子や気分屋の子がたまーに存在した。
私の周りは本当に優しい子ばっかりだったので、少し変わった子がいても、いじめられること等はなかった。
私自身、そういった子に場をかき乱されたり、嫌な態度を取られたりすると、腹が立つ性格だ。
そうは言っても、どうせ社会人になって思い知るだろうと思い、特に気を荒立てることなくその場をやり過ごすようにしていた。
本当に優しい人なら、直接おかしいよと教えてあげるのだろうが、私は優しくないので、そんなことはしない。
そんな風に、社会人になってから思い知るがよいと思っていた私もいつの間にか社会人になった。
当時、自己中、気分屋と思っていた子の現状等、勿論知ることもなく、社会人になって新たにその類の人に出会った。
社会人になってから、自己中、気分屋という人達は、「無神経」という類に分類されることがわかった。
社会人になってもやっぱりいるんだなあ〜と考えていたときに、ふと「社会人になってから思い知るがよい」と思っていた自分の存在を思い出した。
全然思い知ってねえじゃん!
社会通用しちゃってんじゃん!
何故ゆくゆく絶滅危惧種となるであろう「無神経」が生き残っているんだと考えた。
私の頭の中だけで生まれた答えだが、私も周りの人も、無神経なことをされたとき、全てが面倒くさくなり、どうでもよくなる傾向があった。
反発するだとか、発言に対して訂正するだとか、何を言っても意味ないだろう、余計無駄な時間が増えるだけだと思っていることに気付いた。
自分が我慢すればいい話と捉えてしまい、気付けば「無神経」は自分の城を築き上げていた。
城が作られ始めた段階で破壊すればよかったものを、気付いた頃には見事に完成していた。
こうなると余計全てが面倒くさくなる。
「無神経」の城はセキュリティーすらもおかしく、ああ言えばこう言うともあるように、どんな武器を身に付けようと意味をなさない。
私たちは城を作るお手伝いをしていたのだ。
なんなら、ふかふかのベッドまで作っていたも同然…
社会人になると自然消滅し始め、絶滅するものだと思っていた考えが甘かった。
人間は不思議な生き物で、歳を重ねるごとに頑固になる。
逆も然りではあるが、大半は頑固になる傾向がある。
つまり増殖していく未来が見えているということか…
駆除作業がどれほど難しいことかは、社会人になってわかってきたつもりである。
今の自分にできることは、第一に自分がそうならないこと。
「無神経」の恐ろしいところは、悪意も自覚もないことだ。
早期発見早期治療が何よりも大切である。
かと言って、このまま無法地帯にし、侵食されては取り返しがつかない。
少しでも抗う力を身に付けていかなければならない。
そんなことを考えながら仕事をしている。
そう思うと私はただの呑気者だな。
組織に属している以上、この問題と向き合っていかなければならない。
駆除団体のみなさん、最後まで諦めずに頑張りましょう。
そして、いつのまにか自分も「無神経」の団体に属していないか、定期検診も怠らず。
最近、溶けそうなぐらい暑い日が続きますが、立ち向かって行きましょう。
さいなら!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?