【11月13日ワールドミッションレポート:🇫🇮フィンランド「朝のカフェでイエスに出会う」】
フィンランドのトゥルクで行われた簡素な教会活性化トレーニングの中で、70歳の男性が、コーヒーを飲みながらイエスに出会った。この報告は、教会開拓者のチャールズ・クリディオティス氏によって報告された。
クリディオティスはこう語った。「それは本当に素晴らしい出来事でした。私たちは市の中心にあるカフェに少人数のグループで集まっていました。そこに70歳の男性が朝のコーヒーを飲みにやってきたのです。彼は近くのテーブルに座り、聖書を教えていた私の話に耳を傾けていました。しばらくすると、彼は私たちのテーブルに加わってきたのです。そして彼は質問をし始めました」
「話を短くして結論を言うと、彼は主に人生を捧げ、その後、海で洗礼を受けたのです。そして、その後の週末は、私たちと一緒にトレーニングに参加し、彼は、いくつかの驚くべき洞察を私たちに提供してくれました。トレーニングセッションの最後に、ともに祈ったのですが、その時の彼は、私のもとで泣いていました。涙の理由は二つです。一つはイエスを見つけたことによる喜びの涙です。彼が今までの生涯でずっと平安を求めていました。彼はそれをイエス・キリストとの関係の中に見出したのです。その喜びは、涙なしには決して言い表すことはできません。二つ目は心の痛みです。『もし、もっと早く福音を聞いていれば、こんなに人生を無駄に過ごしてしまう年月はなかっただろうに』という後悔の涙でした」
しかし聖書は言う。
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。(伝道者の書12章1節)」と。
もし私たちが、永遠という時間軸の中に生きているのなら、たとえそれが70歳であったとしても、いや100歳であったとしても、その人はまだ「若者」に過ぎない。永遠という視点から見ればそうなのだ。
人が主に立ち返るのに、遅すぎることはない。「きょう、もし御声を聞くならば(ヘブル3:7)」と聖書が言うように、その日こそが、まさにその人の時なのだ。
カフェであろうと、職場であろうと、趣味のサークルであろうと、どこでも福音を語るチャンスがある。あらゆる機会を用いて、ますますフィンランドの兄姉らが伝道に励むよう祈っていただきたい。
(プロテスタント83.3%, カトリック0.2%, 正教関係1.1%, イスラム0.6%, ユダヤ0.02, 他)
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