【ショートショート】じゃすと(3)(819文字)
じゃすと・スィーナ・フェイス
僕は、緊張すると、このフレーズを口ずさむ。
ここは、メルボルン近郊にあるTAFE。日本でいう短大や専門学校の位置づけだろうか。
試験官が問題用紙を配り終えた。
いよいよだ。
僕は、留学ガイド本を購入し、メルボルンのある大学のMBAコースに応募した。結果は、条件付き合格。
同大学付属の語学学校に通いながら、IELTS 7.0を目指すことになった。
渡豪前の成績は、6.0。精一杯だった。
7.0がどれほど遠いのか、どれほど近いのかよくわからない。
そのころ、日本では、IELTSはまだよく知られておらず、情報はあまりなかった。試験も、わざわざ東京の英国領事館まで受けに行かなければならなかった。
じゃすと・スィーナ・フェイス
じっとり汗をかき、ベッドに横たわっていた。
気落ち悪いとか、痛いとか、そういったものは一切なかった。
只、視界がなんともぼんやりしていた。
女性が甲斐甲斐しく手当てをしていてくれる。
だが、その手際の良さとは裏腹に、女性がひどく緊張しているのが、小学三年生の僕にも、分かった。母も、動揺すると、歌を口ずさむからだ。
戦時中に育った僕の両親は、英語を学んだことは無い。
それでも、イカした大人だったら、少しくらい英語、すくなくとも英単語くらいは、知っていただろう。
ところが、いつも身近にいる母は、カタカナさえ苦手なタイプ。
だから、聞けやしない。
語学学校の先生 Nigelは、その日、副詞の話をしてくれた。
細かい描写や詳細な説明をしたいときは、副詞を効果的に使うといい。
彼は、そういった。
"You may leave at just 9 o'clock."
「じゃすと 9時になったら戻っていいよ。」
「じゃすと」の意味をちゃんと知ったのは、中学に入ってからだ。
でも、ビートルズを口ずさむのは、小学三年生のあの時からだ。
今も、洋子先生が口ずさんだ、あのフレーズだけが、時々リフレインする。
コロナが終息し、また仕事が忙しくなったからだろう。
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