診断士 豪一郎の『社長っ、共に経営を語ろう!』②
『目指す姿』
翻訳会社社長と中小企業診断士という二足のわらじを履く豪一郎。
さて、自動車部品メーカーO製作所T社長との面談で、同社が置かれている状況をおおよそ把握した豪一郎は、次に、T社長が描くO製作所の『目指す姿』の聞き取りを始めた。
ところが、T社長と話していても、『目指す姿』が一向に見えてこない。そして、話し合いが進むにつれ、根源的な大きな問題点が浮き彫りになってきた。
O製作所には、中期経営計画がない。経営理念もない。それなのに、年間売上高100億円。皮肉ではなく、豪一郎は心底驚いていた。
絶え間なくもたらされる注文に効率よく対処し、毎年繰り返されるコスト削減要求に必死に対応してきた。それが、O製作所の過去40年の歴史であった。今、O製作所も確固とした方向性、つまり経営理念を持ち、それを全社に浸透させ、大きな一歩を踏み出さざるを得ない状況なのである。そうした危機感が、T社長からは今一つ伝わってこない。
T社長が、嘆かわしげにこうつぶやいた。「昔は、まじめにやってさえいれば、いくらでも仕事が来た。どう仕事を断るか。それが課題だった。」
T社長の発言に、豪一郎は、最近英字新聞で読んだ、ドードー鳥の話を思い出していた。
英語の慣用句にこんなのがある。
as dead as a dodo
時代遅れの、完全に死んだ、という意味だ。
豪一郎は、O製作所が「完全に死んでいる」と考えているわけではない。それどころか、O製作所の昨日までの「強み」を、この鳥に重ね合わせているのである。
ドードー鳥は、およそ400年前に絶滅したモーリシャスの国鳥なのだが、その名前の由来は、ポルトガル語で「のろま」という説がある。日本語では「愚鳩」と呼称され、アメリカ英語では「滅びてしまった存在」の代名詞だ。さんざんである。
ところが、2005年になって、『3000年前のドードーの墓』が発見され、当時のドードーがおかれた「環境」が明らかになったのである。
天敵がおらず、豊富な食料に恵まれたドードーは、徐々に羽を退化させ、身体を大きくしていったのである。
ネガティブな印象のみを歴史に残したドードーだが、きっちり環境適応ができていたのである。そこに現れたのが人間であり、人間が持ち込んだ動物たちであった。ドードーが適応しきった環境に、突然大きな変化がもたらされたのであった。
環境に適応し過ぎたから、変化に適応できなかった、というのが実際のところなのである。
そして、R工業一社依存で、下請け企業として優秀であり過ぎたが故に、自立できないO製作所の姿が、豪一郎には、はっきりと見え始めていた。
こうした根源的な問題を解決し、その上で、あるいは、併行して『目指す姿』に基づく戦略を策定せねばならない。
つづく