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単身赴任40代のくらし(1)
「今日は雨かー」
朝6:30頃、次子が布団を畳みながら窓の外を見て言った。
「曇っているだけじゃないかな」
呑気に言いながら窓を開けて確認してみたら雨天だった。
今までの経験からこの時間の日照具合で判断したのかと感心した。
旅立ちの日は雲ひとつない晴天が理想だったけれど、しとしと冷たい雨の寒い日だった。
子どもたちは弁当作りと通学のため、朝が早い。
学校まで距離のある長子が一番に家を出る。
玄関で「いってらっしゃい。 いってきます」と声をかけた。
同じように「いってきます。 いってらっしゃい」と返してくれて、
保育園の頃から習慣になっているハイタッチをした後、軽く肩を抱き合った。
心身ともに成長を感じながらさっぱりとした気持ちで送り出した。
窓を少し開けてバス停へ向かう後ろ姿を見送るのが通学時のルーティンだ。
途中、長子がマンションの方に振り返って大きく手を振ってくれる。
これもいつもの光景だけれど、明日からはいつもではなくなるんだな。
目に焼き付けようと思っても、うっすらとしか覚えていられないだろう。
次子も見送りたかったけれど、次に家を出るのはじぶんだった。
忘れ物はないか最終チェックをして、大きめの荷物を両脇に抱えて家を出ようとした時、引越し業者に託した荷物に長傘があったことを思い出した。
まだ雨は降っていて、濡れた身体で新幹線に乗るのは躊躇われる。
もう1本だけ長傘はあるけれどシラフで使うことに抵抗のあるデザインだった。
傘を畳んだ状態だとおもちゃの刀にしか見えないのだ。
「これで行くしかないのか」
「行くさきの土地柄に合ってて良いんじゃない?」
と笑いながら言ったのは妻。
無いよりマシかぁ。
次子も玄関まで来てくれたので、声をかけた。
「何か困ったことがあったら遠慮せずに相談するんだよ」
無言で頷いて、正面から抱き合ってくれた。
泣くのを我慢しているようにも見えて胸の奥がぎゅっと締め付けられるようだ。
次子とはしょっちゅう一緒に遊んでいたからな。
「じゃぁ、おうちを頼みます。 いってきます」
家族が明るく送り出してくれる。
ドアが閉まり、鍵のかかる音を確認した。
バス停まで、ゆるい坂が伸びている。
長子と同じように、マンションを振り返り手を振った。
妻と次子と、冬休みの間に迎えたIKEAのサメが見送ってくれた。
ゆっくりと大きく手を振りながら、歩を進める。
大丈夫だと思っていたのに、家族の顔が見えなくなった途端ボロボロと涙が溢れてしまった。
坂を下る頃までに落ち着いていますように••••••
ずずっと鼻を啜りながらバスの到着を待つ。
寒さのせいで鼻が出ていると思ってもらえるだろうかとバス待ちの人たちの意識がじぶんに向いていないように祈りながら傘を持ち直して思い出した。
今持っているのは刀を模した長傘で、家紋のプリントされたイカす生地、テカテカといつまでもくすむ気配のない柄の部分。両手で持っても余るほど長い。
畳んだ状態の時はコートの袖に柄の部分を収納して歩く。
以前に決めた自分ルールだ。
膨らんでいく自意識が、逆に冷静さを引き戻してくれた。
あっという間に新居へ到着し、荷受けまでに拭き掃除を終える。
運び込まれる荷物の少なさから10分くらいで運び込まれる。
開けた段ボールからじぶんのものではない、家族の長い髪が1本出てきた。
これからはひとりでくらして行くのだ。
翌日から新しい環境で仕事が始まる。