Somewhere[Flag]1
あたしは歩くわ。馬に乗るなんてまっぴらごめんよ。
馬がくたばっちゃったらどうするの?あたしは始末をしなければいけない。それじゃあ。
俺たちはあっけに取られてしまった。
この女はどこまでも自分の足で行くつもりなんだと息を飲んだ。
それが出会いだった。
結局、その馬は女王様の手足となって今も女王様のもとで働かされている。馬は大きな目から涙を流しているが、言葉が通じない動物同士、文句も言えないらしい。哀れなことだと思った。
俺たちは無論、馬を女王様に渡すことで奴隷の身分から解放された。
砂漠のど真ん中で生きるか死ぬかという太陽の下、俺たちは馬よりも価値がないということだったらしい。
俺たちは俺たちで歩くことを途中までは続けた。
でも夜になって冷え込んだ満点の星空の下にいると、なんというか、、寒さを感じて、あの女の言葉を思い出さずにはいられなかった。
「馬がくたばっちゃったらどうするの?あたしが馬の始末までしなきゃいけないのよ」
女は馬の始末も自分でするつもりだったんだと思うと、また冷たい汗が背骨を通っていく気がした。
俺たちは、いや、俺はそんなこと考えもしなかった。そう言う時が来たら俺たちが馬を始末すると思っていたし、もっと厳密に言えば俺はやらなくてもこいつらのどちらかに押し付けることも可能だろうと考えていた。互いに補完し合うチームなのだからと自分の責任をこいつらに分配して考えていた。
俺たちは3人。俺はゼロ、こいつが2,5、こいつも2.5。1よりも軽いのだから大丈夫だろうと。
砂嵐が竜巻になりそうな強い風の夜が続いている。昼間は炎天下で、オアシスまでの距離を測っても正確に導き出すことができない。
夜になると砂嵐が巻き起こる。毎夜同じ強度ではなく。
昼になれば太陽が差し込む。毎日同じ色ではなく。
オアシスまでの距離はまだ遠いらしい。近いはずの距離感がつかめなくなっていた。
幻を見るようになっていた。あの女だ。
あの女はひとりでこの砂漠を歩いている。たったひとりで。
もう死んだのだろうか?いや、それならば、、、
死ぬことがわからずにキャラバンを離脱したのか?いやそんな浅はかな人間ではないだろう?だとしたら、まだ生きているはずだ。何か策があったはずだ。
「おい、今日には着くと思うか?」
「たぶんな。もう話しかけないでくれ」
謝る気力もない。それが今の俺たちの状況だった。聞いた俺は自らの過ちを悔いる余裕もなくなっていた。
真っ白な砂嵐が俺たちの前で翻る。空中に登ってすべてを巻き上げて、あたりを蹴散らし、そして天から亜麻布に包まれた女が大切に下される。
たった一滴の滴が女の額に垂れたあと、その女の傍に草が生い茂り水が湧き出た。
オアシスだ!!!!!
女はうつろに俺たちを見極める。俺たちはあっけに取られている。
「お願い、助けて、、、」
なんてことだ、、無策だったということか、、、。
なぜあんなことを。
まあいい、ここはオアシスだ。そして俺たちには水とこの女が天より与えられた。水を飲みながら女にも飲ませてやり、このキャラバンが分裂直前だったことを思い知り再度天を仰いだ。
白い空の中に青い鳥と群青の機械式聖獣が俺たちを見下ろしている。
こんなところにいるなんてという目が俺にはわかった。
機械式聖獣は記録用、さしずめ青い鳥が牙城の主人であろう。
俺たちにとって牙城の主人は絶対的な存在ではなく敬愛する父であることは聞いている。
青い鳥は何も言わない。
「俺たちのあとを辿れ」と頭上を旋回している。
一度だけ頷く。
女はぐったりしている。ふたりは女の介抱をしている。
俺の薬指に戴冠式が行われた。
「From BOOK To FLAG」
心臓に刻まれた汁として俺の薬指に授けられた指輪は消えることない刺青となるまで太陽に焼かれて行った。
火傷の後が刺青となった。
この砂漠での出来事を忘れないようにと。